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ハリポタは赤ちゃんとの愛着形成の物語だった

※本記事には「舞台 ハリー・ポッターと呪いの子」のネタバレがふんだんに含まれます。

 舞台版ハリポタを観た。
 私は小学生の頃、毎晩ハリーポッターの分厚い本を一章ずつ読んで寝ていた。一章だいたい20分で、あまりにも続きが気になるときは次の章も読んだ。魔法の物語が、ただただ楽しかった。映画も全部観た。本を読んでいた小学生の頃から、映画が終わる高校生の頃まで、ハリーポッターとともに成長した。11歳の時、本気でふくろう便を待っていた。家にはニンバス2000(空飛ぶほうき)があった。マグルで、頭が良かったので、ハーマイオニーみたいになると信じていた。もちろん組み分けはグリフィンドール。

 TBS赤坂ACTシアターでロングラン公演をしている「舞台 ハリー・ポッターと呪いの子」。舞台版ハリポタも、単純に魔法の物語として楽しみにしていた。舞台上で繰り広げられる魔法がすごい、という前評判もあり、どんな魔法が見れるのだろうとワクワクしていた。

 ところがどっこい。私は今まで観た舞台のなかで一番号泣し、声を抑えきれず嗚咽し、帰りの電車でも涙が止まらないという大変な目にあってしまった。

 舞台版ハリポタは、赤ちゃんとの愛着形成の物語だった。ハリーとヴォルデモートは共に、孤児だった。しかしハリーは赤ちゃん期に親であるジェームスとリリーと強い愛着を形成でき、ヴォルデモートは孤児院に預けられ愛着形成ができなかった。
 つまり、赤ちゃん期に愛着形成ができればハリーに、愛着形成ができなければヴォルデモートになってしまう。ハリポタの物語にはそのメッセージが隠されていた。

 そうか、そういうことだったのか。子どもの頃読んでもわからなかったハリポタの裏テーマが、母になった今、刺さる。教科書を読んでもよくわからなかった愛着形成の意味を、雷に打たれたかのようにズコーーーン、と理解した。


 愛着形成とは、赤ちゃんと保護者の強い結びつきのことで、赤ちゃん期にしっかりと愛着形成ができていると健全に育っていくことができる。逆に赤ちゃん期に愛着形成ができていないと、自己肯定感の低下、情緒不安定、対人関係をうまく築けないなどの問題が生じる、と教科書に書いてある。

 愛着形成のためには、①赤ちゃんにすぐ反応する ②抱っこ ③語りかけ が大切だと言われている。具体的には、赤ちゃんが泣いたらミルクをあげ、おむつを替え、抱っこしてあげる。まだ言葉のわからない赤ちゃんに向かってたくさん話しかけ、絵本を読み聞かせる。

 私は新米ママで育児の右も左もわからず、愛着形成が大事と言われているから頑張ってみるか、と試行錯誤している最中だ。日々の接し方で、目の前の赤ちゃんがハリーになるかヴォルデモートになるかが決まる。そう思うととても怖くないだろうか……。


●あらすじ

 ハリーとジニーの息子、アルバス=セブルス=ポッターは劣等感に苦しむ。父は魔法界の救世主、自分は成績の良くないスリザリン生。親の七光り。父とうまくいっていない。
 ドラコとアストリアの息子、スコーピウス=マルフォイは心優しい少年だが、ヴォルデモートの息子なのでは、とあらぬ噂を立てられ苦しんでいる。アルバスと同様に、父とうまくいっていない。
 アルバスとスコーピウスは共にスリザリン生で、仲良く寮生活を送るが、アルバスは年々劣等感を強めていく。でもいつか父(ハリー)と同じくらい、もしくはもっとすごいことを成し遂げられるはずだと機会をうかがっている。

 夏休みで家に帰っている時、アルバスはセドリックの父親がハリーの所へ来て、息子を返してくれと言っている姿を目撃する。三校対抗試合で、セドリックはハリーの代わりにヴォルデモートに殺された。
 アルバスはスコーピウスを誘い三校対抗試合にタイムターナーで戻ってセドリックを救おうとする。しかし何度チャレンジしてもことごとく失敗し、時間の旅の中で「本物の現在と異なる現在」を見る。すなわちヴォルデモートが支配している世界だった。

 過去を変えてはいけない、セドリックは死に、ハリーが生き残る必要があったとアルバスとスコーピウスは気付く。しかしヴォルデモートの娘デルフィがヴォルデモートが支配する世界を現実にしようと、アルバスとスコーピウスを利用し始める。
 ヴォルデモートが弱体化するのはハリーを殺そうとして失敗し、跳ね返った呪いが自分に当たった時である。デルフィはあの晩ヴォルデモートがハリーを殺そうとしなければ、ヴォルデモートは生き続け、自分も父と暮らせると考える。
 全登場人物があの晩に集まる。デルフィはヴォルデモートを止めようと、アルバスとスコーピウスはデルフィを止めようと、ハリーやドラコたちは息子を助けようとする。
 ハリーたちは過去を変えてはいけないと分かっているので、デルフィを捕え、ヴォルデモートがジェームスとリリィを殺しハリーを殺そうとして失敗するのをそのまま見届ける。

 ヴォルデモートが来る前、ポッター一家はお散歩していた。その光景を、アルバスが見た。
 1歳のハリーはジェームスとリリーに愛されていた。ジェームスはいないいないばぁをし、リリは乳母車を押し、ハリーは声を出して笑っていた。

 本物の世界に帰ってきて、アルバスはハリーに自分が見た景色のことを話す。ハリーとアルバスは互いの理解を深め、また新学期の準備をする。


●無限に出てくる泣きポイント

 まず、大人になったハリー、ハーマイオニー、ロンが登場した時点でファンとしてはウルウルする。私が見た回はハリーが向井理、ハーマイオニーが早霧せいな、ロンがエハラマサヒロだったが、特に向井さんの再現力が半端なくてダニエル・ラドクリフのハリーがそのまま日本人になったような感じだった。あぁ、私の青春を共に歩んだ物語が始まる!涙

 ハリーは父親になっているが、客観的に見て、いい父親とは思えない。だってアルバスの誕生日に母(リリー)が唯一残した毛布を渡すって! 絶対嫌がられるってわかってるやん。挙句の果てに、アルバスに「おまえが私の息子でなかったらよいのにと思うことがある」とか言ってしまう。ハリーは父親として下手すぎる。でもハリーは父親を知らないから、教師も反面教師もおらずアルバスにどう接したらいいかわからないという。それも一理あり、と思って胸が痛くなる。涙

 アルバスは鬱屈した中学生感があって、これまた胸が痛くなる。全おばちゃんが心配する。涙

 スコーピウスは、ドラコから生まれたと思えないほど心優しい少年。しかし背負っている噂(ヴォルデモートの息子なのでは?)が重すぎて、友達がおらず孤独で、唯一友達になってくれたアルバスは自分のことで頭がいっぱいで悪気なくスコーピウスを傷つけており、スコーピウスほんとかわいそう!涙

 アルバスとスコーピウスが離れ、仲直りする場面が何度かある。その度に友情という愛を感じて、泣く。涙

 ドラコ。お前そんなキャラちゃうかったやろ! と思わず関西弁で突っ込んでしまうほど、息子のためならなんでもする子煩悩パパになっていた。そして、素直な人間になっていた。大事なことはドラコが言う。
「私は君(ハリー)と彼ら(ロンとハーマイオニー)の仲が羨ましかった。私の場合はクラッブとゴイル、二人とも箒の前も後ろもわからないバカだ。(中略)私は君たちの友情が何よりも羨ましかった」
「親になるのはこの上なく難しいことだと人は言うが、それはちがう。大人になることが難しいのだ。人はみな、その苦しさを忘れている」
「人には選択しなければならない時があると思う。ある時点で、どういう男になりたいかを選ぶのだ。そういうときに、両親か友人が必要なのだ。そのときに親を憎むようになっていたら、友達がいなかったら……独りぼっちだ」
「ベイン(星を読むケンタウルス)が見た黒雲は、アルバスの孤独だったかもしれない。彼の痛み、彼の憎しみだ。(中略)アルバスには君(ハリー)とスコーピウスが必要なのだ」涙涙涙

 ジニーはハリーと結婚し、3人の子どもがいる。母、そして娘というポジションで物語を動かす。デルフィは父親(ヴォルデモート)に会いたかっただけ。一緒に暮らしたかっただけ。ただそれだけ。涙

 そしてクライマックス。1歳のハリーを愛するジェームズとリリー。家族の幸せなひと時。彼らが数時間後に殺されるとわかっていながら、見ているしかないアルバス。号泣。
 その時が来て、殺される両親を見ているしかないハリー。母の愛に包まれ、生き残る自分を見ているしかないハリー。大号泣。嗚咽。


●ハリーとヴォルデモートの共通点と相違点、その後

 ハリポタシリーズは世の中にごまんとある勧善懲悪の物語だった。しかしそこに謎めいた対比が仕込まれていた。ハリーとヴォルデモートはたくさんの共通点を持っているが、ハリーは魔法界の救世主に、ヴォルデモートは闇の帝王になった。何が二人を変えたのか?

 ハリーとヴォルデモートは、ともに孤児だった。ハリーはダドリーたちの家族に虐待されながら育った。ヴォルデモートは孤児院で育った。いずれも愛情のない幼少期を過ごした。
 しかし1歳までの間の過ごし方は2人の間で異なった。ハリーはジェームスとリリーに愛され、赤ちゃん期を送っていた。一方で、ヴォルデモートは母親が出産直後に亡くなり、孤児院に預けられた。母親は惚れ薬を使って父親の心を惹いており、惚れ薬が切れると父親は出て行った。ヴォルデモートは母にも父にも愛される経験がなかった。
 赤ちゃん期の過ごし方の違いで、ハリーは心の安定の基礎ができていた。一方、ヴォルデモートはできていなかった。ハリーと両親は固い絆で結ばれており、両親を知る人に導かれ健全な道へと進んだ。ヴォルデモートはずっと怒りに支配されたままトム・リドルからヴォルデモート卿になってしまった。

●精神科医の補足

 舞台版ハリポタのパンフレットに精神科医のコメントがついている。その精神科医よると、赤ちゃんは生まれつき良い子か悪い子が決まっているわけではないそうだ。つまり、ハリーのように育つかヴォルデモートのように育つかは、生まれつきのものではない。
 養育者に細やかに反応してもらえると、この世界は安心できる場所と捉え、ポジティブな世界を築けるように心が育つ。まさにハリーは1歳まで両親に愛されて、心の基礎を築くことができた。
 一方で養育者が赤ちゃんに十分反応しない場合、養育者は恐れるべき存在かつ安心できる唯一の相手となり、感情的に予測不能で恐ろしい場所となってしまう。このような赤ちゃん期を過ごした人は、行動が過激、強圧的、気難しい、引きこもり、強すぎる自立心、人間関係をうまく気づけないなどの問題が発生するとされている。まさにヴォルデモートだ。
 ハリーとヴォルデモートの違いは、愛着形成の有無によって生まれたものだと精神科医は指摘する。

●ヒトラー、トランプ、プーチンのメタファーとしてのヴォルデモート

 ハリポタシリーズでは、闇の魔法使いたちがマグルたちを穢れた血と呼ぶ。これはナチスによるユダヤ人迫害を思い出させる。同様に、闇の魔法使いはトランプやプーチンで、マグルは有色人種やウクライナのメタファーとして捉えられることができる。
 もちろん、幼い頃、ハリー・ポッターシリーズを読んでいた時はそのことに気づいていなかったが、今はまさに悪者のメタファーとしてヴォルデモートが描かれていることがわかる。

 私はずっと戦争がなくならない理由がわからなかった。戦争は悪いことだと誰もが知っているのに、なぜ戦争が止まらないのか、なくならないのか、小さい頃からずっと疑問に思っていた。しかし今回舞台版ハリーポッターを見て、その理由の一部がわかった気がする。
 戦争を仕掛ける人たちは果たして赤ちゃん期に愛されていただろうか。愛されていなかったのではないか。
 どの時代も何らかの理由で親を失ったり、望まれずこの世に生まれる子がいる。それを止めることはできない。その結果、戦争がなくならないのだとしたら……。

 以前、川上未映子さんのエッセイを読んだ。川上さんは自分の赤ちゃんに「犯罪者だけにはなって欲しくない」と願っていた。何らかの犯罪を犯した人がテレビに映る時、この人たちの親は別に犯罪者に育てようと思って育てたわけではなかろうに、どうしてこうなってしまうのだろうと思ってしまう。赤ちゃん期、そしてその後もずっと子どもを愛してあげられたら、きっと大丈夫なのだろうと思った。

●「呪いの子」は誰なのか?

 この作品の名前は「ハリー・ポッターと呪いの子」。
 ストレートに考えると、呪いの子はアルバスだろう。ハリーとジニーの愛の呪いに守られた子であり、ハリーという親の存在を呪いとして身に纏う。またスコーピウスも、あらぬ噂を立てられ呪いを背負いながら生きる。
 
 でも「呪いの子」は、あらゆる人のことを指していると思う。つまり私も、画面の前のあなたも呪いの子。親から何らかの呪いをかけられ、何かを背負いながら生きている。
 そして子どもがいたら、知らず知らずのうちに呪いをかけている。親は子が望んでいないものを良かれと思って渡したり、親の生き方が子にとってプレッシャーになったり、はたまた計り知れない愛で子を守る。
 親子でいる限りそこには呪いがある。一方で親がおらず呪いをかけられなかった子は愛着形成が不十分で心に問題が生じる。
 健全な人間に必要不可欠なものが「呪い」であり、呪いは良い面も悪い面もあり、うまく付き合っていく必要がある……。そんなことをサブタイトルが示唆しているように思える。
 


 ハリーを育てようと思ったら、目の前の赤ちゃんを愛してあげよう。たとえ明日、私が死んでしまっても、周りの人に導かれて進んでいけますように。

 この記事がおもしろかったよという人は♡押して行ってください……と普段なら言うところですが、赤坂まで行ける人はハリポタのチケットを買って! 見て! 魔法もまじですごいから見て! 死喰い人、背筋が凍るほど怖いから見て! 感動間違いなしなので見て! よろしくお願いします!!

《終わり》

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