産後初サウナで女に戻った話
「明日は赤ちゃん見とくからスパ銭でも行って来なよ」
昨日の晩、夫から急にもたらされた日曜日の自由時間。なぜスパ銭、と一瞬思ったが、多分私がこないだ、やっと悪露が止まったと話したからだろう。産後1ヶ月健診で子宮は完全に元の大きさに戻っていたにもかかわらず、薄い茶色のおりものが出続けており、産後50日を過ぎてようやく止まった。出血しない身体、万歳。
家のお風呂は入っていたものの、出血していると外のお風呂には行けない。お言葉に甘えてスパ銭に行くことにした。
妊娠前は、サウナーの夫に勧められるがままに時々サウナに行っていた。新宿のテルマー湯、池袋のかるまる（普段は男性専用なのでレディースディ）、後楽園のラクーア、名古屋のサウナラボなど有名どころも行ったことがある。めちゃくちゃサウナが好き、というわけではないけど、ととのう感覚はわかるし気持ちいいと思う。身体を温めるのは健康に良い。
妊娠が分かり、サウナには入れなくなった。お腹が小さいうちは外のお風呂にも行っていたけど、お腹が大きくなると足元が見えず危ないので外のお風呂には行けなくなった。家で長湯を楽しむのみ。
6:30に赤ちゃんが「お腹空いたよー」と、ふえふえ泣きだしたので授乳。その後大人も朝ご飯を食べる。テレビを見ながら、赤ちゃんの相手をしながら、スパ銭に行く準備をする。タオルと、替えの下着と、スキンケアと、日焼け止めくらいか。久々すぎて何を持っていけばいいか自信がない。
目的のスパ銭は9:00オープン。9:00に着くとサウナガチ勢と思われそうだし、朝イチは混むかなと思い、9:30くらいに着くよう出発。
日曜の朝の道路は空いていた。だだっ広い郊外の道路を中古の軽で走っていると、何も考えず頭を空っぽにできた。
最初に身体を洗い、内湯に浸かった。炭酸泉の泡が皮膚を覆ってゆく。久々の感覚。
このスパ銭は露天風呂が広いのが魅力。岩風呂は少し熱めの42℃。あぁ～、気持ちいい。全身が緩む。
生後1か月を過ぎて赤ちゃんと一緒にお風呂に入るようになると、赤ちゃんの適温と大人が寒くない温度のバランスを取る必要があり、うちでは40℃の設定にしている。正直、ぬるい。でもこれ以上熱いと赤ちゃんには相当熱いだろうし、仕方ない。
それに赤ちゃんと一緒だと、いくらごきげんな日でも私がゆったり湯船に浸かり、悠々と顔頭身体を洗うことはできない。寒くないかな、泣かないかな、と常に気にかけ、お風呂から続くオペレーションを常に考えている。赤ちゃんを洗う、拭く、保湿する、おむつと服を着せる、自分の服を着る、授乳、寝かしつけ。
しんどいわけではなく好きでやってるけど、お風呂はリラックスする時間からひと仕事する時間に変わった。今日は、熱いお風呂に自分の好きなだけ入れる。
満を持して、サウナ。今日は約1年ぶりなので、無理せず軽めにしようと思っていた。結構熱い。温度計は90℃。広い。常連とおぼしきおばちゃんが3人くらいと、同世代っぽい人が1人。なんとか5分入り、水風呂。5秒で出た。
外気浴。郊外の日曜の朝は静かで、広い空を見上げながら椅子に身を預ける。身体が桜色に染まっていく。まじまじと自分の身体を眺めたのは久しぶりだった。お腹は白かった。妊娠中、破裂するのではと思うほど膨らんだお腹がしぼんだ。稲妻のようだった妊娠線と正中線が、今は力なくぶよぶよとお腹の上に残っていた。おへそは浅く小さかったのに、深く凹んでしわしわになった。母のおへそも深かった。おへその形なんて個人差かと思っていたら、妊娠出産のせいだったらしい。
胸は気持ち膨らんだ。赤ちゃんに栄養を届ける役割ができた。
2セット目。テレビで旧統一教会の特集をやっている。
「1億円も取られて気づかないことあるかなぁ」
「気づかんわけじゃなかったかもしれないけどね」
「ま、うちは統一教会入れないわ。お金ないからね」
おばちゃんたちの会話は軽妙。次は6分入って、水風呂。
外気浴をしながら、ふと気が付いた。サウナ室にいるのは今現在、妊娠出産と関係がない人だけだ。おばちゃんたちも家ではお母さんであったりおばあちゃんであったりするかもしれないが、少なくとも妊娠出産は関係ない。
私は家で四六時中赤ちゃんをお世話し、抱っこし、ブラウザの検索履歴は赤ちゃん関係ばかり、スマホのアプリは育児記録や写真共有、SNSはママアカ、LINEは月齢が近いママ友と情報交換したり先輩ママに質問したり、カレンダーの予定は子どもセンター、保育園見学、赤ちゃん連れで友人と会う約束。出産の日を境に生活全部が赤ちゃんに染まっていた。
そんなことには気が付かなかった。わけもわからずあれよあれよと赤ちゃんとの日々が流れていた。
しかし、サウナ室にいる私はあのおばちゃんや同世代の人たちと同じ、1人の女性。「生後1か月の赤ちゃんがいる母親」のレッテルが剥がれ、女に戻った。
3セット目。
「私そろそろあがろかな。寒なってきたわ。水風呂入りすぎた」
「おつかれー。またねー」
サウナ入りながら寒なってきたってどういうことやねん。心の中でツッコミながら目を閉じる。
結局、久しぶりのサウナでうまくととのうことはできなかったけど、なんだかすごくすっきりした。ソフトクリームを食べてスパ銭を出た。
家に帰ったらいっぱい抱っこしてあげよう。そしてまたしばらくしたら、サウナに行こう。
《終わり》
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