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なぜ学ぶって楽しいんだろう。


昨日音声アプリStand.fmのコラボに来ていただいたひでたろうさんが口にされた言葉がなんだかずっと自分の中に残った。

朝駅に向かう途中、夕方調剤薬局で母のお薬を待っている時、

楽しいですよね。どうしてこんなに楽しいんですかね!

と活き活きと語られたひでたろうさんの声。

どうしてだろう。どうして大人になって大学で学びなおすとあんなに楽しくなるのだろう。


わたしも40代後半、大学3年に編入した。

受験する時にはとにかく合格することばかりを考えていた。

それが筆記が受かり面接が受かり、いよいよ大学生になることが決まると、一転、入学式までの間ブルーになった。カリキュラムが送られてくるといよいよ気が塞いだ。馴染みのない教科がズラリと並んでいた。本当にこんなものが今のわたしに必要なんだろうか、そう思い始めると後ろ向きな考えが止まらなくなった。これは失敗だったかもしれない、そんな気がしてきた。けれど既に入学金も前期の費用も納めている。

そんなふうにして滑り出した学生生活。

けれど学生になったわたしはどんどん楽しくなった。

といっても現実には厳しいことの方が多かった。授業が始まるとレポートの提出や発表が重なりはじめ、そこに容赦なくテストがやってくる。それに我が子と同世代の若者の中でする発表だってきつかった。どこを探してみてもわたしの人生でこんな経験はしたことがなかった。ちょいちょい古びた自分を発見したし、惨めな気分だって味わった。

それなのにわたしはどんどん楽しくなった。


そんなある日、一人の先生が、

人は学べば学ぶほど自由になるのですよ

といわれた。一瞬でこれまでの人生で出会った人たちの姿が思い出された。確かに少しもこだわりのない人が自分の周りにはいる。そういえば彼らは学んでいる。あゝあれはそういうことだったのかと思えてならなかった。

そうそう、それは昨日耳にしたあの明るいひでたろうさんの声だったのだ。

彼の声にわたしはずっと自由の文字を見ていた。


学ぶと自由になる。

そうだった。わたしもまたそれを学び直しの大学で経験したではないか。

それは疑ったことさえなかったことが授業で完全に否定された時、え?それってどういうこと?と自分の内なる声がクエスチョンマークを出した。ところがそのことを何度も授業で耳にするのだ。こちらが正解ですよと。するとその過程でわたしは自分の中に居座る古い考えに気づき始める。そうして、えええ?これは古いの?と驚く。そんなことが幾度もあった。とはいえ知らなくても暮らしには直接問題のないことばかり。どれも実生活に支障のないことばかり。

それなのにちょっとだけわたしは変わった。大学に入る前よりちょっとだけ変化した。それを繰り返していくうちに楽しくなった。

本を読むのも考えるのも昔から好きだ。けれど自分で探り探り歩いて来た道ではそんな学びとはぶつからなかった。避けていたわけでも、閉じていたわけでもない。そういえば捜していたわけでもなかった。それなのに大学ではうっかり新しいことに出会う。いや次々に出会う。

そうしてわたしは次第に変化していった。

そうするうちにどんどん楽しくなった。


国は今学びなおして下さいといっている。

時代が変わるから、働き方が変わるから、だから学びなおしてくださいという。予算だって奮発しますよといっている。けれどきっとそんなことじゃ無いと思う。

学ぶことは楽しいのだ。

国のために学ぶんじゃない。企業のために学ぶんじゃない。学ぶのは自分のため。

今更学生なんてと思うけれど、それでも今のわたしより学び始めたわたしは確実に新しくなる。今知らないことを知る新しい自分になる。今持ち合わせていないスキルを身に着けた新しい自分になる。

だから学ぶのは楽しい。

知ることで変われる、たったそれだけのことだけれど、大人になったわたしはそんなことが嬉しくて楽しいのだと思う。


※最後までお読みいただきありがとうございました。


※スタエフでもお話ししています。

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