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【介護】情けは人のためならず


人と話すって大事だなとよく思うのです。

そしてあなたはご家族とちゃんとお話しされていますか?



忙しいと見えなくなる

2022年の年末は恐ろしくバタバタと走り回っておりました。

そしてハタと気づいたのです。そういえば近頃母と話していなかったなと。

とはいえ年末は母の通院が週に2回ほど。そこへ容赦なく小さなトラブルが紛れこみました。

いきなりはじまった母の高血圧。こんな数字本当にあるのと思うほどの高さ。今はお薬で血圧は安定していますが、200を超える日の母は顔全体が赤いのです。そんな顔を見ていると知識のないわたしはドキドキ。頭の血管が切れてしまわないだろうかとヒヤヒヤ。考えてみると母はややしっかり味が好み。そこから我が家の食の見直しが始まりました。

そんなことに気を取られていると、いつも使っているはずの補聴器を母が片方着けていないではありませんか。尋ねてみると「もう聞こえないの」とまさかの返事。そこから慌てて年末に補聴器屋さんへ駆け込み修理をお願いして。

それから母の美容院と年始のご挨拶の贈り物を済ませたのが年の瀬。あゝ今年中に間に合ってよかった~~と思った途端、もう2023年のお正月でした。



母と過ごす時間

まあ、あげればきりがないのですが、同居中の母とは年末はずっと一緒に動いていたのです。家族の誰より母と時間を共にしていたのです。

ところがはどうでしょう。

考えてみるとずっと母と話していなかったのです。

夫とは朝夕、それから週末決まって外出して色々な話をします。子どもとも台所で夕飯を作りながら、片付け物をしながら話します。

ただ、足の悪い母とは常にタクシーで動きますが、車内でわたしはメールチェック。混雑している病院ではいつもうとうと。母に起こされて目を覚まします。そう、母とは時間を共にしていても話していないのです。



合理的には高齢者の暮らしには向かない

忙しくなると、つい効率よく全てを回したくなります。事務的にどんどん片付けていきたくなるのです。

けれどそんな暮らしから同居する母が零れ落ちてしまっていました。

それに気づいたのが数日前のこと。母が夢でうなされたのです。

振り返ると共に暮らしはじめた数年前、あの時も母は夢でうなされました。それは暮らしの環境が大きく変わった時のこと。そして我が家は昨年10月母と共に引越ししたばかり。

ところが娘のわたしとしては、ようやく家の中が片付き自分のやりたいことができるとエンジンフル稼働で動きはじめたばかり。そんな頃から母が体調を崩し、通院の回数が増えました。

そしてふと気づいたのです。そういえば年末からのんびり母とお喋りする時間を取っていなかったぞと。



話す

子育ての時にもよく思ったものでした。ちゃんとお話し聞いてあげなきゃと。

ただあの頃も忙しかった。のんびりお話しを聞いてあげたいけれど、早く寝ても欲しい。そんな時に話を切り上げていると、暫くすると子どもの元気が薄れていくのです。

あゝやってしまったと、またゆったりと話す覚悟を決めて向き合ったりしたものでした。たったそれだけで子どもはまた元気になるのを肌で感じていました。

介護だってきっと同じです。

一人暮らしをして寂しいのなら仕方ありませんが、残念なのは家族の中で寂しいと感じること。これは良くない。

少しだけ時間をつくる、たったそれだけでこんなにも母の顔が柔和になるのですから。



おわりに

いつも思うこと。それは家族とは合理的な関係では付き合ってはいけないということ。時間を惜しまないこと。そして今自分の周りに家族が居てくれることのありがたさを忘れないこと。

自分でやりたいことがある時、わたしはついついそんな大切なことを忘れてしまうのです。

家族は作り上げていくもの。わたしはそう信じています。

ですから気づいた時にはきちんとメンテナンスします。これは相手のためではありません。自分のため。そう大切な人が自分の周りにいてくれていることを忘れないため。感謝なのです。


※最後までお読みいただきありがとうございました。


※スタエフでもお話ししています。

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