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MY HISTORY②~家族構成と大正生まれの祖父のこと~

自分で自分に「そのまんまでいいよ!」
って言える人を増やしたい。
みやざき ひろみ(うみ)です。

今日もお読みくださりありがとうございます。

はじめましての方はこちら
    ⬇️

https://note.com/umi_hoshi/n/n3a9e5bba6a1a


実家の家族構成

私の実家は

父方の祖父(大正生まれ)
  太陽星座 双子座 × 月星座 天秤座

父 太陽星座 蠍座  ×  月星座 天秤座

母 太陽星座 天秤座  ×  月星座 双子座

姉(3学年上) 
  太陽星座 牡牛座 × 月星座 双子座

私 太陽星座 山羊座 × 月星座 乙女座

の5人家族でした。

今後のMYSTORYで星座に触れることがあるので、
太陽星座と月星座をあえて載せています。

太陽星座と月星座について知りたい方は、こちら


大正生まれの祖父のこと

祖父は大正生まれ。
戦争も経験し、
昭和天皇のことを心から敬っている。
一緒に住んでいて言動から
そんな様子が伝わってきました。
そんな祖父はもともとヘビースモーカー
だったそうですが、
かわいい孫たちが生まれたから煙草をやめた

のではなく

孫たちの誕生くらいでは煙草を辞めるに至れず
私が生まれた数年後
昭和天皇が亡くなった時に
煙草をやめたというくらいでした。

そんな祖父が同居していたため
物心ついた時には
私が先に幼稚園など出かける時は
祖父の部屋、またはリビングへ
「行ってまいります」
と言いに行き、
祖父が先に出掛ける時には
必ず家にいる家族全員が玄関まで行って
「いってらっしゃい」
というような家でした。

祖父の所有の家だったということもありますが、
(父はどうかわかりませんが)
私たちの家というよりも
”祖父の家に住まわせてもらっている”
というのが、
母・姉・私の3人の認識でした。

そのため
”おじいちゃんの言うことは絶対”
”家の中で1番えらいのはおじいちゃん”
でした。

日頃祖父の食事を準備するのは
母の役割でした。

食事も必ず
祖父が1番最初に食べます。

1番おいしい状態で食べられるように
祖父の分は、
一品ごとにお皿に盛りつけていました。

子どもの目から見ても
子どもたちの食事よりも
祖父の食事が優先。

食事の時間も決まっていたため
外出していても
「おじいちゃんのご飯の時間だから」
と早めに帰らなければいけない。

内容も
「入れ歯のおじいちゃんでも大丈夫なように」
「おじいちゃんの好みの焼き加減で」
というような感じでした。


祖父は私が生まれた頃は
もう退職後でしたが、
化粧品会社の営業の仕事をしていたそうです。

そのため家には
夜のお仕事の女性たちとの写真がたくさんありました。

祖父曰く
お店の女性たちに新商品などを試してもらい
その商品の使用感などを営業の時に伝えるということしていたそうです。

そんな祖父の写真を見てよく母が
「嫌よね」
とか
「化粧が濃い人は~」
などと言っていたのを覚えています。
その頃から、母の
「嫌よね」
というようなことを私はやってはいけないそう感じてしまっていたように思います。


祖父の散歩にもよく一緒に行ったのですが
祖父は散歩の道中で出会う知らない人に
「シベリアには行きましたか?」
「何年兵ですか?」

と挨拶代わりに声をかけていました。

そこで、
お互いシベリアに行ったことがわかると
その話で盛り上がり、
その後、自分よりも年下の方だとわかると
「何で敬語を使わないんだ」
などというくらいの人でした。

そんなやりとりを見たり聞いたりしていて
”1歳でも年上の人には敬語を使わないといけないんだ”
と強く思うようになりました。


MY STORY③へつづく

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