「ネット情報の海に溺れないための学び方入門」第8回:「鬼に金棒」の図書館活用術(その6)地域・郷土資料とレファレンス(調べごと相談)

最近は、本や雑誌に加えて電子版やオンライン版の資料も増えています。さらに、図書館が介在しなくても無料で誰でも利用できる「オープンアクセス化」が進んでいることにもふれてきました。
それでは、もしも未来において「お金で買える情報」がすべてオープンアクセス化したら、果たして図書館やその専門的職員(ここでは「司書」と呼びます)の存在意義は残るのでしょうか?

今回は、その問いに答える形で「地域・郷土資料」と「レファレンス(調べごと相談)」を例に挙げ、図書館と司書がネット時代でも「頼れる味方」となることを紹介します。

さて、本連載の第1回でも取り上げた「地元の活性化」は全国的な課題となっています。いま各地方の町から観光客や若者が減り、商店街がシャッター通りとなってしまう現象が、津々浦々で見られます。
いずれの町にも、歴史の歩みや名産品等、それぞれの魅力がありますが、それらをネットや観光案内マップで丁寧に紹介しても、なかなか大きな集客力につなげるのは難しいようです。

そこで、最近は「謎解きイベント」による町おこしが注目を集めています。町を訪れた参加者は、観光案内所や公共施設で専用の地図(説明書)を受け取り、その町を舞台とした物語の主人公(探偵や宝探し役)となって、スタンプラリーのように町を歩きます。
博物館や寺社仏閣、銅像や石碑等、指示された場所ごとに仕掛けられた謎(クイズ)を解かないと次に進めないため、知らず知らずのうちに歴史や文化も学べて、ゴールしたときには主な名所も一巡しているという仕掛けです。
謎解きの題材には、お城や武将にまつわる歴史のほか、その地に伝わる民話や童謡、お祭りのような伝統行事も最適です。古地図と現在の町を組み合わせて謎を解く例もあります。

現在はコロナ禍で遠出には制限がありますが、在宅でも楽しめるように動画や地図サイト(ストリートビュー)も活用してネットに公開すれば、謎解きを楽しんでその町の魅力を知った人が「未来の来訪者」に変わる呼び水にもなります。
他には真似のできない内容を目指すためには「我が町ならではの魅力」を調べる必要がありますが、そこで地元の公共図書館が大いに役立ちます。なぜなら、図書館はその地域の歴史や文化、行政や防災の情報(地域・郷土資料)を集めて保管する役割も担っているからです。

たとえば、お城や遺跡の発掘調査報告書については、出版社ではなく市区町村の教育委員会が発行することが多いのですが、まず一般の書店では手に入りません。国立国会図書館ならば、国内の出版物を原則的にすべて所蔵していますが「ホチキス留めなど簡易綴じのもの」は対象としない等、例外もあります。

筆者が講演で訪れた広島県立図書館では、新聞の地方紙をはじめ、クーポン付きタウン情報誌「ホットペッパー」のバックナンバーまでも保管しており、町の姿や流行のリアルな移り変わりもわかりました。
また、小中学校の周年記念誌や市民団体のミニコミ誌等は、本でも雑誌でもないため「灰色文献」と呼ばれ、一般の流通ルートでは入手できませんが、公共図書館ならば資料として保管している場合があります。このように、図書館は「お金では買えない」「ネットでも入手できない」情報を集めて提供する役割も担っているのです。

このような地域・郷土資料の活用に加えて、たとえば謎解きの問題を地元の小中学生や高校生に自由な発想で創作してもらい、そこに昔からの住民を呼んで文献にも載らない知恵を借りれば、さらに町の魅力が掘り起こされるうえに、図書館が「知の継承の場」としての役割を担う等、可能性は無限に広がります。
また、コロナ禍で話題の妖怪アマビエの図は、京都大学附属図書館が所蔵していますが、誰でも使えるオープンアクセスデータとして画像を公開しています。
< https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000122/explanation/amabie >

この「京都大学貴重資料デジタルアーカイブ」には、なんと国宝の「今昔物語集(鈴鹿本)」もあり、博物館のガラス越しではわからない細かな筆遣いまでも拡大して確認できます。
このように、オープンアクセス時代だからこそ、人類共有の文化遺産を保管している図書館が広く公開することも、新たな使命となっているのです。

ここまで図書館の存在意義について、資料の観点から紹介してきました。もう一つの側面として、司書による支援力があります。
司書は、利用者が情報を使って課題を解決する手助けをするため、調べごとの相談に乗る役割(レファレンス)を担っています。
質問はあらゆる領域に及び、幅広い知識があるほど解決の糸口が探れるため、司書にとってレファレンスの仕事は「腕の見せ所」であると同時に「一生涯続く修行の道」でもあります。

知識以外にも、多様な技能が求められます。たとえば対話によって質問の真意を推し測るインタビュー能力は必須です。幼児が「いちばん大きい動物」と言った場合は、必ずしも「正解」のクジラではなく、ゾウについて話している可能性が高いように、言葉以外の背景を含めて類推しながら調べごとをサポートする必要があるからです。

このように、検索エンジンとは異なり、相談者として生身の人間が介在することで、表面的なキーワードだけでは忖度してもらえない、潜在的な問いが掘り起こされます。
司書は場数を積むほど腕を上げるため、利用者の側も「頼れる図書館」を一緒に育てるつもりで、大いに相談してください。たとえば先に挙げた謎解きイベント企画ならば、司書もその地域社会の一員であるため、強い味方となります。

ただし、現在はどこの図書館も財政的に苦しく、必ずしも対応者のすべてが司書の資格や専門知識を持っていたり、研鑽を積める立場とは限りません。求めた回答がすぐに出ない場合もありますが、相談することが「利用者の要望」の表れとなり、長期的には専門的人材の育成や採用等によって図書館が期待に応えるための検討材料となります。

ちなみに、全国の図書館に寄せられた質問や相談と「どのような資料を使い、どう回答をしたか」の情報は蓄積され、国立国会図書館が「レファレンス協同データベース」として無料公開しています。
たとえば「夏目漱石が『I love you』を『月が綺麗ですね』と訳したとされる根拠となる文献はないか」という相談が岐阜県図書館に寄せられ、担当者は17点の図書館資料を探し出して調べ、「英語教師としての漱石」「明治期の英語表現」「漱石と逸話」等の切り口から検証し、「確かな根拠を示す資料を見つけることはできませんでした」という結論に至ったことが紹介されています。
< https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000160743 >

レファレンスの目的は、単発的に求められた情報を手渡すだけではなく、利用者が資料の探し方を知ることで、次回からは自力で乗り越えられる応用力を身に付けてもらうことです。
筆者は、この考え方を「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ」という格言と共に習い、うろ覚えで中国の哲学者の言葉と思い込んでいたのですが、なんとこの件も「レファレンス協同データベース」にあり、その起源には諸説あって定かではないことを知りました。
やはり、司書には一生涯にわたる学びが必要で、筆者もまだまだ修行が足りないようです。
< https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000133786 >

(続きはこちら)
第9回:ネット&図書館の複合的活用術

※この連載が、大幅な加筆のうえ書籍化され、
岩波ジュニア新書から
「ネット情報におぼれない学び方」として刊行されました。https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b619889.html

梅澤貴典(うめざわ・たかのり)中央大学職員。1997年から現職。2001~2008年理工学部図書館で電子図書館化と学術情報リテラシー教育を担当。2013年度から都留文科大学非常勤講師を兼任(「アカデミック・スキルズ」・「図書館情報技術論」担当)。2012~2016年東京農業大学大学院非常勤講師(「情報処理・文献検索」担当)。主な論文は「オープンアクセス時代の学術情報リテラシー教育担当者に求められるスキル」 (『大学図書館研究』 (105) 2017年)等。

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