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眠れないときに読む本その1 『嘘みたいな本当の話』高橋源一郎・内田樹選

疲れているときに読みたい本ってありませんか。けっして難しくなく、けっして長くなく、けれど説教臭くなくて、読んで味わいがあるもの。

あるんですよねえそういう本が。これは、全国から集められたそんな数行の話が149収録されているもの。現代版遠野物語(平和ver.)ってとこでしょうか。好きなんだなあこれ。Kindleにも入れてて、眠れないときは寝床で何度も読んでる。

たとえばこんな調子。余韻しかない。


ねこ p.48

 昼過ぎに家を出ると、道のあちこちにチョークで落書きがしてあった。
電柱の横に「でんしんばしら」、単車の横に「ばいく」、ある家の前に「ゆーびんばこ」……という具合。なるほど、午前中に聞こえていた子どものはしゃぎ声はこれだったか。
 おもしろくなってあとを追いかけてみたが、「ねこ」と書かれているところで落書きは終わっていて、猫も子どももいなくなっていた。
 千葉県 樫山泰士


うめざわ

*あるいは。

ばったり会った話
その瞬間(p.213)

 玄関の扉を開けたら、おじいさんが立っていた。
両手には数本ずつ、柄のあたりに布を巻いた剥き身の刃物を持っていた。
その瞬間、時間と音が消え、ものすごく冴えた頭が「私の人生、これで終わり」という決断を下し、さすがに心底がっかりした。

 その人は、「お母さんに渡してください」と、かすれて聞こえないくらい小さな声で言って、刺身包丁を二本差し出し、私がそれを受け取るやいなや帰って行った。

 戻ってきた母に包丁を見せると、「ああ、研ぎ屋さん」と言ったので、「その人、このままこれを持ってきたんだよ」って言い足すと、母は「あらまあ。そう」というようなことを言い、そのあと何事もなかったかのように夕飯の支度を始めた。 東京都 f-yanagi


 


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