「墓地にて」
「墓地にて」
その墓地は田畑に囲まれた小高い丘の斜面にあった。
斜面の小さな墓地の背後には大きな古木が天空へと聳え立っている。
墓地の境界を越えると雑草がはびこり、風が吹く度に数本のコスモスが淡いピンク色の花弁を震わせた。
すでに祖先が絶えたのか、風雨に蝕まれ大地に帰ろうと石ころに変形しつつある墓石、さらには苔蒸した墓石や傾いた墓標達。
墓地の眼下にはどこにでもある田舎の田園地帯が広がっている。
二ヶ月後にはこの墓地も村も雪に覆われてしまう。
ああ、此処にいるあのひとは新旧混淆としたこの墓地こそ自分に相応しいと言っているようだ。
万物は万物に回帰し、回帰しない。
伝説は実体ではない!実体は伝説ではない。
この墓地では月日が経つのが早いのか遅いのか判然としない。
いや、この墓地では都会の時も村の時も……。
世界の時すら融けあい変容し、ゆらめいている。
明滅変転する現象の世に別れを告げたあのひとは、今こそ直に精神に働きかける
だが、それはひそやかな魂にしか聴こえない。
季節の推移、喧噪や静寂、それらあらゆる現象は等しく化象にすぎない。
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