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4.一般病棟の個室に移動するまで

暫くICU生活が続きました。

私自身は気分が悪くて仕方が無かったのですが、容態は日に日に良くなっていきました。

何が原因だったのだろうか。

執刀医でもあり私の長年の主治医でもある先生は、結局のところ私がこうなった原因は不明だと仰いました。

俗にいう「脳内出血」ですから、何らかの因果関係があると考えられるのですが、出血した状態で運ばれているので分からなかったと。

けれど20歳前後で出血するとは普通は考えません。考えられるとすれば、脳動静脈奇形(AVM)だったかと。

AVMの場合、10代から30代の患者が多いと言われています。ただ、明確には分かりませんでした。

低血圧でコレステロールも正常値、発症する前日まで飛び回っていた人間が朝起きたら言葉を失い、緊急搬送され脳の手術を受けている状況。本当に状況がジェットコースタードラマのようにグルグル回転しているでしょ?

ICUで言葉遊び

面会時間は限られていましたが、毎日家族が面会に来てくれていました。

私は言葉を発する機能は失っていたのですが、頭の中には言葉があるので、それをどう表現しようか、させようか母が考え、画用紙に「50音順図」を書いてくれて「指さし日本語」状態で会話をするように工夫してくれて。

重篤な状態だったから、そこまでハッキリと会話が弾んだわけではありませんが、この50音図はリハビリ病院に転院するまでの2ヶ月間、大いに活躍してくれていました。

どうして言葉が出て来ないんだろうと思っていましたが、その原因が自分の頭の中で理解するにはもう少し時間がかかることになります。

個室に移動する。

1週間ほどICUにお世話になって、個室に移動することになりました。それでもグッタリしていたので重篤な状態からは抜けられても、まだまだ起き上がれる状態ではなかったです。

食欲も全くわかなかったし、私はどうなっていくのだろーとボーッと考えていました。

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