見出し画像

「女社長、十五歳年上の愛人と十五歳年下の部下に振り回される」第12話

「ここからが二年坂ですね」
「え?」
 柊が標識のようなものを指し示している。
 矢印の形の板に「二年坂」と書かれている。
「清水寺に続く坂は、一年坂、二年坂、三年坂ってみっつに分かれているんです。ちなみに清水寺にいちばん近いのが三年坂です」
「へえ。よく知ってるね」
「昨日、調べましたから」
 柊がスマホを掲げ、シェイクする。
「あれ、じゃあ、一年坂は?」
「もう通ってきちゃったみたいですね」
「坂らしい坂ってあった?」
「なかったっす」
「だよね」
 二人は付かず離れず歩き続ける。
 緩やかで長い坂の両側には土産物屋や甘味処がずらりと並んでいる。どの店にも観光客の姿が見えた。
 紅葉の季節にはまだ早いが、京都は外国人の観光客に溢れている。
 あと一か月も経って町が黄金に色づけば、このあたりはまともに歩けなくなるのだろう。
「何か食べる? お腹減ってない?」
「あ、いえ、大丈夫です。朝のバイキング食べたばっかだし」
「そうね」
 実は休みたいのは茜だった。
 すぐにどこかに入ってお茶をするクセが染み付いてしまっている。
「社長は大丈夫ですか?」
「え? 私? 大丈夫。お腹いっぱい」
「そうですか」
 二人は周辺の外国人のようにスマホで写真を撮りまくることはしなかったが、キョロキョロと周りを見ながら坂を上っていく。
 傾斜が激しくなってきたなと思っていると、「三年坂ですね」と柊が言う。
 そうかと思いながら、茜は階段を踏み続ける。
 歩き慣れてくると、だるさは急速に消えていった。
 目が覚めてきたのかもしれない。
 清水寺に着いた二人は、本堂へと進み、舞台から京都の街を眺めた。
「あ~、すっきりする~」
 茜は小さく息を吐いた。隣で柊が笑っている。
「タワーからの眺めとはまた違ってて、いいですね」
 じじ臭いコメントだな。
 変にチャラかったり若者っぽいこと言われてもついていけないから別にいいんだけど。
「ほんと」
 舞台を囲む緑は、夏の勢いを失い、どことなく弱さを含んでいる。
 これからこの葉っぱ達が色づいていって、ここにたくさんの人を呼び寄せ、楽しませるのだ。
「健気じゃのぉ」
「え?」
「いや、なんでもない。行こっか」
「はい」
 上ってきた坂を下りながら、
「どっか他に行きたいとこある?」
 と柊に投げる。
「社長はないんですか?」
「ない」
「じゃあ、ここに行きたいっす」
 柊がスマホの画面を見せてくる。
「ああ、この竹林、テレビでよく見るよね」
「これ、竹林の小径って言って、嵐山にあるんです」
「へえ、じゃあ、そこに決まり。タクシーひろおう」
「もったいないですよ。時間あるし、電車で行きましょうよ」
「朝にバス乗ったじゃん。学生の旅行じゃないのよ。時間のほうがもったいないっつの。行くよ」
「せっかくスマホで調べたのに」
「調べたってほどか」
 大通りに出ると、茜はタクシーに手をあげ、渋る柊を押し込んだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?