「良かれと思って」を考える
皆さん、こんばんは。
突然ですが、私の息子は髪を切りに行くのが昔から嫌いです。
「そろそろ切りに行ったら?」を2週間ほど繰り返し、そして、限界まで伸びきってようやく切りに行く。
何がそんなに嫌なのか。
「話しかけられるのが嫌」
※もちろんその方が悪いわけではありません。
私は、「通ってもらうために仲良くなるのも仕事だからさ。」と答えるのが通例。
そこで、事件は起きます。
私は、久しぶりの飲み会でいささか飲み過ぎてしまい、翌朝は二日酔い。
しかし、午前中からサロンの予約を入れてしまっておりました。
そこで、いつも気さくに話しかけてもらうのですが、正直放っておいて・・という状態。自分勝手ですみません。
初めて、息子の気持ちがわかったのです(ちょっと違うけど)。
帰宅後、何気なく「話さない美容室」を検索してみると、メニューに「会話無し」とか「会話少なめ」という項目を入れている美容室があるという記事を発見。
色々と調べてみると、「会話したくない」という人は決して少数派ではないことがわかりました。
その美容室でも、常連のお客さんが「会話無し」を選択したこともあるようで、その時は少し複雑だったようですが、会話=お客様が楽しいではないことがわかったようです。
「良かれと思って」当たり前にやっていることが、実はそうではないこと。
世の中には、まだまだありそうです。
「バイアス」という言葉は、多くの方が耳にしたことがあると思いますが、「良かれと思ってバイアス」は、意外に気づかないのではないでしょうか?
改めて、良かれと思ってやっていることを見直してみると、新しいチャンスが見つかるかもしれません。
最後に。
前段に登場した私の息子。
祖母からの「余計なお世話かもしれないけど」というメッセージに対し、
「必要なお世話」と返信。
うーん、なかなか良いセンスしてるね。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?