多羽(オオバ)くんへの手紙 ─8─
夏休みという非日常はそれなりに私を楽しませてくれた。
甲子園での高校野球観戦。
お鈴と行ったプール。
ただ、心の隅にはいつも日常に戻りたい自分がいた。
私が戻りたいのはどの日常だろう。
窓辺に寝そべりながらボンヤリと考えた。
ずっと見ていた雲が少し探さなければならないくらい流れていた。
***
昼休み明けの少し冷えた椅子にゆるゆると腰掛けた時だった。
隣の席の柄本が真っ青な顔で額に脂汗を滲ませ、苦悶の表情を浮かべているのが目に入った。
「顔が真っ白やん!どうしたん?保健室行ったら?」
「多羽にやられた…」
やられた?喧嘩?そんなタイプには思えないがそれは私の個人的な思いだ。
「昼休みにサッカーしとって、多羽とぶつかって飛ばされて。けどアイツ悪ないから。しゃあないねん」
柄本のことは心配だったが、多羽が乱暴者でなくて良かったとホッとしたし、激痛には違いないのに多羽のことを悪く言わない柄本もいいヤツに思えた。
ガラガラバーン、と教室のドアを乱暴に開けて多羽が駆け込んできた。
「柄本!ごめんな!大丈夫か?はよ病院行けって」
私がびっくりする間もなく多羽が柄本の席に駆け寄ってきた。
初めて近くで見る多羽。
あまり上背はないが、ぶつかられたらケガをするかもと思えるくらいにはガッチリとした体格。
試合の時は落ち着いて冷静な感じに見えたが、さすがに今は気の毒なくらい慌てている。
多羽に気を遣わせまいと、引き攣った笑顔で応える柄本が痛々しい。
多羽と何回か目が合った。
柄本のことが心配なのは当然だが、バツが悪かったのか、そんなつもりは無かったが私が咎めるような顔をしていたのか、多羽はすぐに目を逸らした。
自分の教室に戻りなさいと教師に促され、しょげ返った背中の多羽は出て行った。
翌日、柄本は左腕にギブスをしていた。
***
悪気はないのに、いつもやらかしてしまう。
自分の不甲斐なさにほとほと嫌気が差す。
体育の授業でケガをさせてしまったこともあった。
あの羽田って子も自分をガサツな乱暴者だと思っただろう。
冗談か半ば本気か
「多羽、お前ハカイダーやな」
誰かに言われたことを思い出す。
ホンマやなぁと笑ってはみたが、穴があったら入りたいとはこんな気持ちだろう。
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