多羽(オオバ)くんへの手紙 ─9─
朝の空気に金木犀の香りが漂う季節。
なぜ秋はこんなにもスポーツイベントが多いのだろう。
体育祭に球技大会。
私のように運動の苦手な人間は、何とも気が重い。
唯一の楽しみは多羽の活躍だった。
多羽は運動神経が抜群に良く、走るのも速かった。
野球以外の球技も上手く、この季節の申し子のようで羨ましく眩しかった。
やはりそういう男子は目立つ。
普段は坊主の非モテもそれなりにカッコよく見えてしまう。
私が拾って大切にしまい込んでいた綺麗な石を、誰かが見つけて持っていってしまったらどうしよう。
そんな風に思っていた。
だが、その思いは杞憂だった。
多羽は移り気な少女たちからすれば、イベントグッズのようなものだったのかもしれない。
あの時は素敵に見えたのに。
なぜ買ったのだろう。
熱狂は去り、少女たちは日常へと戻っていく。
ほんのり残った熱の中に私だけが取り残されていた。
✳✳✳
「アンタ、多羽って子知ってる?どんな子?」
母の口から多羽の名前を聞こうとは夢にも思わなかった。
後ろめたいことなど何もないのに悪事がバレた時のように心臓がジクンとした。
「他所のクラスの子やから知らん。」
努めて平静を装い何とか応えた。
「北川くんに怪我させたらしいよ。体育の授業で。」
またか。何やってんねんな、多羽。
多羽に対する同情と苛立ちのような感情が一緒くたに流れ込んできた。
北川は同級生の男子だが、私と北川は特に親しくはなかった。
今で言うママ友だ。
「何か乱暴な子らしいね。多羽って子。」
違う。
何も知らないくせに。
母の無意識な言葉がいつも私をヂクリと刺す。
なぜ母は私だけでなく多羽まで悪く言うのだ。
私だけでいいではないか。
私の多羽に対する気持ちを母が知っているはずなど無いし、母に対して「何も知らないくせに」と言い返せるほど多羽のことを知らない青春病の私は、悔しくて涙が出そうだった。
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私がこの家の子であるという証拠探しはずっと継続してやっていた。
けれども、やっと見つけた母子手帳は
伊織と賀子の物だけで
私のものはいくら探しても見つからないままだった。
その頃「赤ちゃん取り違え事件」というのがニュースになっていた。
同じ日に同じ病院で生まれた赤ちゃんが間違って入れ替わってしまうのだ。
きっと私もこれに違いない。
アホらし。
いつかあれは思い違いだった、アホらしと思う日が来るだろう。
自分は不幸も不自由もない毎日をフワフワと生きているのだ。
色々あったような無かったような1年が終わろうとしていた。
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知らないことが怖いのであって
知ってしまえば「幽霊の正体見たり枯れ尾花」かもしれない。