多羽(オオバ)くんへの手紙─33
(1,599字)
お鈴に会うのは久し振りだ。
私達は社会人となって数年経つ。
短大卒のお鈴は私より先に社会に出て、今や立派なOLさんだ。
お鈴の仕事はシフト制で、土日が休みの私とはなかなか予定が合わなかったのだが、やっと休みが取れ会う約束が出来た。
土曜の朝といっても昼に近いような時間帯。
駅前を走る車もそんなに多くない。
こんな天気の良い日には誰もがもっと朝早くから出掛けるのだろうか、そんなことをぼんやり考えながら信号待ちをしていた。
プップー
車のクラクションが鳴った。
待ち合わせか何かだろうか。
「羽田さん!」
自分に鳴らされたとは思いもよらず、声のする方を見ると、運転していたのは加地だった。
「加地?え?あぁ…久し振り。びっくりした。」
私の知る加地のイメージと余りにもかけ離れた真っ赤なオープンカーが目に飛び込んできて、頓狂な声が出てしまった。
「羽田さん、キレなったなぁ。」
「あ、あぁ…あ、ありがとう。」
笑顔で手を振りながら走り去っていく加地。
女性への褒め言葉を言い慣れていると分かる。
言われ慣れていない私のモゴモゴした返事が恥ずかしい。
あのプライドの塊のような気むずかし屋の加地が、まさかあんな歯の浮くような台詞を平気で言えるような男になっているとは、夢にも思わなかった。
加地は当時から端正な顔立ちの男だった。
自覚の無い見目麗しい人というのは、何かのきっかけで180°変わってしまうものなのかもしれないと、この時知った。
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待ち合わせの店で、先に席に着いていたお鈴が手を降っているのが見えた。
「お鈴!久し振り!元気にしてたん?やっとやなぁ、ホンマ。なかなか会えへんかったな。」
「ミスミンも!仕事どう?」
お鈴としばらく近況や他愛のない話、さっき会った加地の話などで散々笑い合った後だった。
「ミスミン、アタシさ、ワーホリ行こうと思ってるねん。前から考えてて。ちょっとお金も貯めたし。」
ワーホリというのはワーキングホリデーのことだ。「働きながら語学を学べる」という制度で、いくつかの国で行われているものだった。
「そうなんや。そっかぁ。会えんくなるのは寂しいけど、手紙ちょうだいや。絶対やで。」
「うんうん。出す出す。ミスミンも書いてや。」
私は特に驚かなかった。
お鈴の行動や考えは、一見突飛に感じられるが、本人の中ではずいぶん前から決めていたことを今公言したということがよくあった。
学生の頃、一緒にオーストラリアへ旅行したことを思い出す。
おそらくその頃「いつかは海外へ」と決めていたのだろう。
経済的に裕福な家庭のはずなのに、親に頼らず自分で資金を貯めていた。
数年かけて温めていた計画だったのだ。
いつも同じ場所にいて、同じ速さで歩いていると思っていたお鈴が「お先に」と行ってしまうようで少し寂しい思いはあったが、お鈴と次に会った時、少しは「ミスミン変わったな」と思われるような自分に成っていたい。
あの頃のままではあったけれど、私達はちゃんと前に進んでいるのだと実感することが出来た。
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程無くして、お鈴はオーストラリアへと旅立っていった。
初めて届いたエアメールには、言葉がままならないため、他にも日本人が働く土産物店で働いていること、節約のためシェアハウスに住んでいることなどが綴られていた。
最初の頃にはある程度の頻度で届いていた手紙も、そのうちポツポツとしか来なくなった。
何度か引っ越しもしていたようで、その都度手紙に記された新しい住所に返事を書いたが「また引っ越すことになったから、落ち着いたら手紙出すね」という返信を最後に、お鈴とは音信不通になってしまった。
お鈴なら大丈夫だろう。
仕事に追われる毎日。
自分の生活で精一杯の私は、そんな都合の良い考えで何とか落ち着こうとしていた。