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多羽(オオバ)くんへの手紙 ─1─

初夏の陽射しに少し汗が滲む。
「夏服・冬服どっちを着てもいいよ」という衣替え猶予期間の今は
冬のセーラー服、学ラン、夏の白ブラウスが交じり合う。
私 –– 羽田水澄ハタミスミ ––
はサッサと夏服に衣替え済みだ。
だが中学生男子はカッコつけたい、イキリたい生き物のようだ。
暑さを我慢しギリギリまで、冬服の学ランを着る。
見ている方は暑苦しいが当人たちにしか分からないポリシーがあるのだろう。

グラウンドで遊んでいる他の生徒を眺めながら、休憩時間をぼんやりと過ごしていた。目で追うほど好意を寄せる男子がいるでもなく、女友達と昨日観たドラマの話など、何とはない会話をする普段と変わらない日常。

「やばいぞ!水浸しや!」「先生呼んで来い!」

教室のすぐそばにある手洗い場の方から大きな声がする。
きっとアホな男子がまた何かやらかしたのだ。
教室にいた野次馬が続々とやってきて群がっているようだ。
同学年の男がいつもアホで幼稚に見えてしまう私は何の興味も湧かなかったが、多少の好奇心からノソノソと廊下を進んでいった。

結構な人だかりになっていた。
前の方でキーキーと女子の声がする。

「オオバー!がんばって!」

オオバ。知らない名前だ。
手洗い場の蛇口が壊れて水が噴き出しているのか。
先生か誰か早く何とかしないと廊下が水浸しだ。

背伸びすると騒ぎの中心が少し見えた。
くだんの女子がまたキーキー言っている。
どうやら「カッコイイ」のではなくいじられているようだ。

え?
あの子は本物のアホなのかしら。


手洗い場の手前の縁に上り、水の噴き出す蛇口を跨ぐような格好で、着ていた学ランを上から被せ噴き出す水を必死で押さえる男。
それが多羽オオバだった。


波立つ心が見せる幻だろうか。初夏の陽を背に受けてうっすらと羽根が生えたような虹が掛かっていた。

暑苦しい学ランもたまには役に立つこともある。

2に続く…


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