見出し画像

多羽(オオバ)くんへの手紙 ─2─

多羽はいつも男子といた。2人の時もあれば数人でつるんでいることもあった。件の女子2人組に纏わりつかれているのも偶に見かけたが、特に気にもしていないようだ。
向こうは羽田水澄という存在すら知らないのに、いつからか‘’多羽に纏わりつくんじゃないよ‘’と今にも言ってしまいそうな自分のバカさ加減が恥ずかしくまた笑えた。

多羽イタル。姉と2人姉弟。野球部。以上。
多羽のことは気にはなっていたが、何をするというでもなく中学最初の1年が足早に過ぎていった。

✳✳✳

学年も上がりクラス替えもあったが、多羽とは別のクラスだった。
残念で少しホッとした。多羽を近くで見てみたい、いやいや近づきすぎるのはちょっと…という感情がせめぎあっていた。

5月の連休も終わり、休み気分の抜けないけだるい雰囲気につつまれた始業前の教室は、お喋りに興じる女子、教室の後ろで暴れる男子たち、ぼんやりしている子らなど様々だった。

「みんな静かにー。席についてー。」
担任の後をついて知らない女性が教室に入ってきた。
誰だろう?皆顔を見合わせてざわついていた。

「今日から教育実習で来られた多羽貴代オオバキヨ先生です。女子の体育を担当してもらいます。みんな色々教えてもらうように。」
多羽。珍しい苗字。
隣の人に聴こえはしないだろうか。急に心臓がバクバクと鳴った。

「多羽貴代です。私もこの中学出身なのですごく懐かしく嬉しく思います。3週間という短い期間ではありますが、どうぞよろしくお願いします。」

「多羽の姉ちゃん?」
男子の誰かが尋ねた。
「5組の多羽到の姉ちゃんです。弟のこともよろしくね」

よりによって一番苦手の体育か。
この日の、多羽先生登場以降の記憶はほとんどない。

✳✳✳

どんなに冷めているように見えても、少女の頃はみな運命を信じているものだ。
多幸感でいっぱいの少女がそこにいた。

3に続く…


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?