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多羽(オオバ)くんへの手紙 ─7─

あれから母とは特に変わらず普通に日常生活を送っていた。
本人は言ったことすら忘れているだろう。
ああいった悪気のない言葉は、時に人を傷つけることもあるが
私は「もういいや」という気持ちになっていた。
なろうとしていた。

一方、父に対しては母とは違った感情があった。
父親というより同志。
中学生が、同志がどんなものを指すか理解はしていなかったであろうが、シンパシーを感じていたと言えばよいだろうか。


ボワっと大きくなった炎も、また遠くでぼんやりと灯る小さな明かりになっていた。

***

「おおばぁー。いたるー」

久々に下の名前で呼ばれてギクッとした。
イタル」と名前を呼ぶのは小牧だけだ。
家が近所だったので昔は遊んだこともある。
見た目は良いのだが何せ気が強い。
多羽オオバはおリンが少し苦手だった。

「ミスミンがさ、アンタのこと好きみたいやで」

ミスミン?2組の羽田水澄か。

その手の話にはとんと縁がなかった多羽には、いまいちピンとこなかった。
だいたい話したこともない相手に好意を寄せるというのは一体どういう心境なのだろうか。
気恥ずかしく不思議だった。
女子に興味がないわけでは無いのだが、男友達といる方が楽しかったし、野球の練習も忙しかった。
からかわれているのかもしれないとも考えた。
だが、小牧は性格はキツイが友達を冗談のネタにするような女子ではない。


「女の子は守ったらなアカンで」
母親からいつも言われているが、一番身近な女子といえば姉の貴代キヨだ。あれを守る必要があるのだろうか。

姉妹キョウダイのいる男子というのは、女性に対する甘い幻想を早々に打ち砕かれることになる。
多羽オオバもそのうちの一人だった。

貴代キヨにプロレス技の練習台にされることはしょっちゅうだった。
体育教師で無駄に腕っぷしが強い上に手加減を知らない。

自分は男だし非力ではなかったので、本気でやれば貴代キヨを負かすこともできた。
だがやはり母親の「女の子は守ったらなアカンで」が心の片隅にはあったのかもしれない。

この間バックネットで見ていたのは相手チーム目当てだと思っていたが自分だったのか。
湯浅のニヤニヤ顔の訳が腑に落ちた。

✳✳✳

日々の砂粒のような出来事をいちいち気にして生きてはいけない。
些細なことは日常に紛れどこかへ行ってしまう。
そして、いつしか感じ取れたものもいつの間にか掬えなくなる。


8に続く…


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