トタン屋根の上の鳥
気がつけば夏至は通り過ぎて、もう7月。
春の黄砂で持病の気管支喘息が悪化して、渡ると危ない川がわりと近くに見えるという危機的状況に陥っていました。
ひと月半もほぼ寝たきり状態で過ごしたせいで、筋力とともに体力もすっかり低下。
太陽の光を浴びることは吸血鬼ばりに苦手になりました。
お散歩大好き人間、かつ自然からパワーを拝借して暮らしに彩りを与える種族であるらしい私の心は当然折れました。
庭の木々や花たちの芽吹きはなんだか例年と違う感じがしていて、今年はちょっと気をつけないといけないかもねと思っていた矢先の喘息発作。
牡丹の花がしおれるのもいつもより早く、ひどく雨が降ったあと、私は体調を崩しました。
今年、私の5月はベッドの上から天井を見ているだけの日々で過ぎていきました。
もともと体が弱く、慣れていたはずの「病気暮らし」でしたが、元気になるとすっかり闘病する感覚を忘れるものです。
鋼のような、めげない心だけが自慢の私だったのに、あれよあれよと気持ちは下降しました。
半月もすると、立派な病人に。
お散歩はおろか、庭に出ることさえできません。
泣くと鼻がつまり、呼吸困難まっしぐらです。
泣きたい。
泣けない。
だって息できなくなるじゃん。
ばかー。
ほぼ欲求を満たせないまま、2回だけ近くにお散歩に出かけただけで、私の5月は終わりました。
そんな毎日でしたが、外に出られないなりに自然は私に優しくしてくれたように思えます。
朝は住処からお出かけする鳥たちが、私の部屋の窓辺に寄り道をしておしゃべりをしています。
スズメたちは毎朝にぎやかでした。
「ちょっと、ねーねー、今日どの辺りまで行く?」
「でもさ、今日雨だし、遠くはよさない?」
……などとおしゃべりしてるのかな。
突然雨が降れば、雨宿りにきます。
「いきなり降ってきたんだけど!」
「濡れちゃったよー! 寒い!」
とか?
想像しながら鳴き声を聴いているのが、唯一の楽しみでした。
珍しく起きて階下に向かうと、雨上がりの庭から虹が見えたりしました。
面白い形の雲がいくつも見えること。
鈍色の空でさえ自分の目で見られたことに幸せを感じました。
この2、3年、これまで付近で見たことがなかった鳥が来るようになりました。
耳にしたことがない鳴き声。
南の島の鳥のような鳴き方をしています。
まだ名前は知りません。
夕方になるとどこからか飛んできて、近くの電線の上で鳴いています。
夏至を過ぎたので少しずつ日が短くなるけれど、19時過ぎてもまだしっかり明るい九州の空。
徐々に体力も回復し、扇風機の風を浴びて縁側でボーっとして過ごすのんびりした時間を楽しめるようになりました。
今日は洗濯物をたたんでいると、どこからかトタンを叩くような音がしました。
トッ、トッ。
トントントントン。
ドン。
ちょっとずつ音が激しくなっていきます。
カシャ。
ガシャシャ。
ガッシャンガッシャン。
おおおぉ、荒ぶってるけど、一体なんだろう?
そんなふうに思いながら外の様子をうかがったのですが、何も見えません。
「さっきあの鳥がいたけど」
母がポツッと言ったので、きっと屋根の上で遊んでいるんだと思いました。
普段の様子では飽きっぽそうに見える謎の鳥のことだから、そのうち静かになるかも。
ひとしきり派手な音を立てていましたが、1分もしないうちにシーン……となり、いつもより遠くで鳴き声がしていました。
雨のシーズンが終われば夏が来ます。
自然の中を旅する。
そんな日々を取り戻すために、今は身近で馴染みのある優しさに包まれて回復しているところです。