カラス

壊れた折りたたみ傘(#エッセイ)

カラスは鳥の中で脳が一番大きいと聞く。
そういう意味では、カラスは人間に近い鳥なのかもしれない。

街を歩いていると、歩道にゴミの山を見つけた。ここはゴミ集積所できょうは収集日なんだろう。すると、ゴミの山から遠からず近からずのガードレールにカラスがとまっていた。明らかにこのゴミを狙っている。でも、カラスはあさっての方向にくちばしを向け、ゴミを直視しない。ゴミなんて興味ないよ、というふうに装いながら、ゴミの山にロックオン中だ。
歩を進め、カラスの横に私が来ても逃げる態勢だけ取って決して逃げない。私が通り過ぎると、安心したのかゴミの山をチラ見している。
きっと私が見えなくなったらゴミの袋を突っついてバラバラにして生ごみを咥えていくのだろう。
カラスを追いやらないと、と思い、私はカラスに向かって何かを投げる真似をしようと思った。
北風が髪をめくりあげる。
その瞬間、投げる真似を思いとどまった。

私は以前の出来事を思い出した。
近所を歩いていると、うしろを飛んでいたであろう何者かの羽音が徐々に大きくなった。とうとう羽音は私の耳のうしろで最大になる。前を向いて歩いていた私は恐怖を感じ首をすくめた。その瞬間、黒い物体が頭をかすめて目の前を空に向かって飛んで行った。
カラスだった。
頭の髪をつかまれるのではないかと思った。
カラスは人の顔を覚えているという。自分たちに危害を及ぼそうとする人間は覚えているそうだ。私はカラスに危害を加えようとしたことはない。しかし追い払おうと何かを投げる真似をしたことがあった。

カラスにストーカーされたくなかった。
私はカラスのことは放り出し、駅へ向かって電車に乗った。
数駅先で電車を降り、繁華街を歩いた。
曲がり角でビルとビルの間の脇道に入った。人も少なく何も落ちていない閑散とした脇道だったが、向こうの方の道端に黒いものが落ちている。
壊れた黒い折りたたみ傘かな。
この辺はサラリーマンが多い。きのうは雨だった。
さらに歩いて行く。ビル風が髪をくしゃくしゃにする。
なんだか嫌な予感がした。
黒い物体に近づく。折りたたみ傘だと思っていたそれは、なんだか不気味に感ずる。
すこし怖くなってきた。
カラスだった。
カラスが一羽、都会の真ん中で死んでいた。
カラスの死骸はめったに見ない。
猫などもそうだが死に際を察知すると、居場所を変え死に場所を見つけるそうだ。カラスは森などへ身を隠しながら死んでいく。
なぜこんな場所でカラスが死んでいるのだろう。
「ガァガァ」
上からカラスの鳴き声がした。
ビルとビルの合間の空を見上げる。
カラスが2、3羽飛び交っていた。

私は子どものころに見た光景を思い出した。
夕方公園で遊んでいると、上空にカラスがかなりのスピードで飛び交っていた。
私はよーくカラスたちを観察した。どうやらカラスの1羽が追い回されているようだった。逃げるカラス。
追うカラス。
逃げるカラスは1羽だが、追うカラスは次々とバトンタッチして追いかけまわす。休んでは追い、追っては休む。
逃げるカラスは休めない。カラスとカラスがぶつかった。逃げたカラスが急降下する。黒い羽根が一枚落ちた。急降下したカラスは地上寸前で巻き返しまた夕焼け空へ飛んで行く。別のカラスがまた追っていった。
なんてカラスは恐ろしいんだろう。
私は子どもながらにこのあとどうなるか予想できた。

あのときの答えがここにあった。
ビルとビルの谷間で死んでいるカラス。
上空には勝ち誇って鳴き叫ぶカラスたち。
私は死んでいるカラスが愛おしくなった。

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