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「わたしはここにいるよ」という歌詞が嫌いだ_20180225中山記念

私は「わたしはここにいるよ」という歌詞が嫌い。
だからなに!と突っ込みたくなる。

私はカフェで仕事をしていた。
冷たいアイスコーヒーがおいしかった。
しかし一気に飲んだためか、ちょっとお腹が緩んできたのでトイレに入った。
便器に座っていると、「トントン」とドアが鳴った。
普段ならこちらから「入ってますよ」とトントン返しするのだが、この店のトイレはドアから便器まで少し距離があるので、なにもせずにいた。

すると、また「トントン」とノックが。
私はイラッとした。ドアノブの色を見ろ、と。
(青じゃないでしょ、赤なら使用中なんだよ!)
(信号と同じ。信号無視するなよ)という心の叫びも無視されたかのように、また「トントン」と。
世の中、ずいぶんセッカチな人がいるもんだ。
自分はここにいるよ、待っている人がいるよという意思表示ほどウザいものはない。

と心で叫んでみたものの、私は便器から立ち上がり、パンツとズボンを支えながら内側ドアをノックした。
すると、諦めたのかもうノックをしてこなかった。

ものの5分くらいだったろうか。
用を済ませトイレを出ると、そこには神経質そうなオッサンが立っていた。
なにか犯罪者の顔でも見るように私を覗き込むその顔こそ犯罪者のようだった。
世の中、自分中心で回っていると勘違いしている人が多い。


私は「わたしはここにいるよ」という歌詞が嫌いだ。
だからなに!と突っ込みたくなる。

言い換えれば、自己主張が苦手だ。自分の存在をできるだけ目立たせないように生きてきた。
忍者をやっていたら成功していたかも。
探偵をやらせたら自信ある。

でもそんな存在を消す自分を見てくれている人がいる。
ありがたい。
私はそれで十分だと思っていた。


しかしそんな私が、すこしは自分の存在をアピールしないといけないと気づかせてくれたのは非リアルなTwitterとVALUだ。
相変わらずアピールするのは苦手だが、それでもすこしずつそれを意識してきたのは、「発信する」ことの意義を感じたから。
自分の意識改革元年はこのSNSとともにある。


それでもリアルな私は「わたしはここにいるよ」という歌詞は嫌いだけど・・・。


さて、本日は中山記念。
⑨ショウナンバッハを狙う。
この枠なら腹をくくって、直線勝負あるのみ。それまでは後ろからトコトコついていくだけ。死んだふりだ。まるで存在を消すように・・・


(勝馬投票は自己責任でお願いします)
[今年の当たり]
◯京成杯 コズミックフォース 2人気2着

#エッセイ #コラム #競馬 #umaveg #わたしはここにいるよ #カフェ #トイレ



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