豆皿の上のかんぴょう巻き(ショートショート)
故人の遺影はぼくに話しかけてくるようだった。
葬儀場でお焼香が終わり、ぼくは高校時代の野球部仲間4人とともにとなりの部屋へ通された。
各テーブルに座る人たちはみな寿司をつまみながら厳かに歓談中だった。
ぼくたちと同世代のアラフォーらしき5人グループの参列者たちの横のテーブルが大きく空いていた。そこへ仲間たちと一緒に座る。
故人は高校時代、ぼくたち野球部のキャプテンだった。
地元で働く仲間がぼくの前の席に着くや否や口を開いた。
「おお、おまえら元気だったか?」
「ああ」
ぼくら3人は口をそろえた。
地元で働く仲間は前髪の生え際が少し後退していた。
「キャプテンには悪いが、こんなことでもなかったらなかなか会えないからなあ」
ビールが運ばれ、それぞれ目の前の仲間のグラスに注いだ。
みんなグラスを持つ。
「献杯!」
ぼくはグラスを傾け、ビールを一気に口に流し込んだ。
ほどなく、丸い寿司桶が運ばれてきた。
ひとりが割り箸を割って、まぐろのにぎりをひとつつまんで口に運んだ。
それを見て、ぼくも黒いネクタイの結び目を左右に二回振ってから、仲間たちの豆皿にしょうゆをさし、最後に自分の豆皿にさして目の前の地元の仲間を見た。
「おまえは結婚まだか」
仲間が照れ笑いをする。
「おお、まったく女っ気がない。おまえらは?」
「こっちもだ」
みんなで苦笑いして、さまざまなにぎりをしょうゆにつけて口に運んだ。
ぼくは割り箸を袋から取り出し、寿司桶からかんぱちのにぎりを取ってしょうゆにつけて口に運ぶ。
みんな黙々と食べたり飲んだりしていた。
となりのグループの面々を見ると、顔がかなり赤くなっている人もいた。
ぼくはかんぴょう巻きをひとつ取って豆皿に置き、箸も置いた。
目の前の仲間に小声で訊く。
「キャプテン、自殺だったの?」
地元で働く仲間が眉間にしわを寄せ、ぼくに顔を近づけてくる。
「そうらしい。ほら、知ってるか? キャプテン3年前にリストラされて、その直後に今度は奥さんと離婚したよな。それで奥さんが連れていった3人の子どもの養育費を払い続けていたんだけど、転職が思うようにいかなかったらしい」
「そうだったのか。かわいそうだな」
「転職が決まらないからお金が底ついて、借金して養育費に充ててたらしい」
「借金!? 無職なのに返すあてないだろう」
「うん。本人はすぐ転職できると思ってたんだろうなあ」
ぼくは豆皿に置いた割り箸を見つめた。
高校時代、ぼくらは試合で2回以上エラーをすると、監督からこっぴどく怒られたのを思い出した。
学校に帰るや否や、エラーをした学年全員が一列に並ばされ正座をさせられた。それも足の間に自分のバットを挟んで正座をするものだから、痛いのなんの。
ひどいシゴキだと知りつつもそれを一年間やってきて、2年になった春にキャプテンが監督にはじめて食い下がった。
「ぼくたちは一年間耐えてきましたが、もうこんなシゴキはぼくたちの代で終わりにしてください」
キャプテンのこの言葉で、バットを挟む正座はそれ以降なくなった。
かんぴょう巻きのご飯がこげ茶色になっていた。ぼくは箸を取った。
となりのグループから酔った声が聞こえる。
「残念だな。でもなんで自殺なんてしたんだ。バカだよな」
「あいつ、借金取りに追われてたらしいな」
「そうか、逃げたかったんだな」
ぼくはかんぴょう巻きを取らず、箸をふたたび豆皿に置いた。
となりのグループのほうに体を向け、目を見開いた。
「あのー、失礼ですが」
グループみなが赤い顔をこちらに向けた。
「故人は逃げたりなんかしません」
「なに! 逃げたかったから死んだんだろ!」
言葉を発した者をグループの周りの人が抑える。
ぼくも売り言葉に買い言葉で立ち上がろうとする。
「逃げるような人間はけっして死を選ばない」
ぼくの肩を仲間たちが抑える。
「キャプテンは逃げなかったんだよ」
となりのグループの人たちは怒った人間をなだめながら席を去っていった。
地元で働く仲間がこちらを見ながら手で抑えるようなジェスチャーをする。
「まずお前、ほら、かんぴょう巻きでも食え」
「しょっぱそうだな」
別の仲間たちが苦笑した。
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