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【競馬夜話】男の娘?女の子?~可愛すぎるサラブレッドのお話~

牝馬限定レースに牡馬が出走する。
無論、ルール上不可能なのだがそれを実現させたサラブレッドがかつて存在していたことをご存知であろうか。
今宵はそんな小話を一つ。

北澤競馬場。
おそらくこの名称を知っているのは相当なオールドファンであろう。
現在の世田谷区八幡山~上北沢の一帯に存在していた地方競馬場。
一周1マイルもない小さな競馬場だったが地元の人にこよなく愛され、最盛期には3万人もの集客をしたとの記録も残っている。

そんな、北澤競馬場が産んだスターホース「クロスドレス」号。
400キロ程度とかなり小柄な体格で、初見の人は牝馬と見紛ってしまうような可愛らしい牡馬であった。

厩舎の愛情と期待を一身に受けてデビューするも全8頭立ての7着。
2週間後の未勝利戦も全9頭立ての6着。
その後も、最高順位が3着と勝ちきれないレースが続いていた。

厩舎スタッフや関係者達は頭を抱えた。
このままでは廃用になってしまう。

この時、オーナーと厩舎は前代未聞の策を思いついたのである。

「牝馬戦なら勝てるかもしれない」

アーモンドアイやクロノジェネシス等の名牝が毎年のように登場し牡馬以上の成績を残すような現代の競馬ではピンとこないかもしれないが、昭和時代、特に地方の競馬界では牡牝高低、圧倒的な能力差がモノを言っていたのである。

400キロの小柄な男の子は、その日「男の娘」になった。

鬣をピンクに染め上げた上に三つ編みを施され、ピンクのシャドーロールを纏った「クロスドレス」号は牝馬未勝利戦に果敢に登録したのである。
結果、3馬身差の圧勝。
厩舎、関係者達の執念が実を結んだ瞬間であった。

その後の「クロスドレス」号の快進撃は進む。
船橋特別(牝馬限定)
給田記念(牝馬限定)
用賀賞(牝馬限定重賞)
と牝馬限定戦を立て続けに勝利を収める。
まるで牡馬のような速さ、男勝りな強さだと人々は唸りをあげた。

そんな「クロスドレス」号の活躍に転機が訪れたのはその年の初夏のことであった。
「クロスドレス」号の噂を聞きつけた中央競馬界が優駿牝馬への出走を推薦したのである。

ここで運営は、止めるべきであった。
しかし、できなかった。
今でこそ高級住宅街として知られる世田谷だが、当時は農村地帯。
地方競馬の矜持を示さねばならないという大義に駆られたのである。

優駿牝馬当日のパドックは世田谷の住人で盛況を示した。
おらが村、のスターホース「クロスドレス」が中央の牝馬を駆逐するその瞬間を見届けようと。

シンデレラストーリーの終焉は、パドックでのことであった。
中央の牝馬、都会のギャル達に囲まれた「クロスドレス」号はこともあろうに「馬っ気」を出してしまったのである。

厩務員達が慌てて手綱を引いたが時すでに遅し。
「クロスドレス」号が中央牝馬達を次々と手籠めにしていく姿に競馬場の観客の悲鳴と喝采で包まれたのである。

この事件以来、北澤競馬場所属馬の中央への出走は出禁となった。

その後の「クロスドレス」号は生まれ故郷の小岩井に戻ったと伝えられているが消息は不明。

昭和ならではの、嘘のようなお話ですが
全部、嘘です。

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