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【パレット上の戦火】 第31話


「人として」


地下との通信が途絶え、VEX本部は誰も口を開くことが出来ず、その場は静まりかえり、悲しみに暮れていた。
そんな空気も束の間、マザーの死と地下都市の崩壊を知った地上のヴァーリアントたちから、大地を揺るがすほどの怒りと、悲しみが入り混じった叫び声が聞こえてきた。
風浦とモリスは指令室で、ンシアの最期の言葉の通り、巨大生物兵器の場所の特定と状況確認を急いだ。
「エネルギーが急激に高まっている、巨大生物兵器の残骸がないか、調べてくれ!」
と、風浦が研究員たちに頼んだ。
「既に取り掛かっています!蒙古死芋虫《モンゴリアン・デス・ワーム》からは、エネルギー反応ありません!」
「中破蕪羅《チュパカブラ》からも、反応なしです!」
「大海蛇《シーサーペント》は、海底深く沈んでしまったので、探知できないですが、大きなエネルギー反応があればわかるので、問題ないと思います!」
「浪翩《ローペン》にエネルギー反応あり!」
「くそっ!あいつか!コアを破壊しきれてなかったのか…」
と、モリスが悔やんだ。
「コア部分のエネルギーが急激に高まっています!ヴァーリアントの言う通り、このままではコアの内圧が上がり、大爆発を引き起こします!」
「すぐに現場へ向かう!行くぞ、モリス!」
「おう!アモン、ゲートを開けてくれ!」
「はい!」


風浦とモリスは、ゲートに飛び込んだ。
激闘の痕跡が残る、廃墟と化したパリで、浪翩《ローペン》は、無残な姿で横たわっていた。動きはないものの、確かにエネルギーが溜まっているようで、コアは夕陽のように紅く染まり大きく膨らんでいた。
2人は距離を取ったまま、モリスのライフルのスコープで、コアの状態を確認してみた。
「内部の様子まではわからないが、やはり膨張しているように見える。この距離から攻撃すれば安全ではあるが、状態がわからない以上、むやみに撃ち込むのはさすがに危険かもな。」
「俺が近づいて、内部の様子を探ってみる。モリスは周りに異常がないか、後方から見張っていてくれ。」
「わかった、任せろ。気を付けて行けよ。」

風浦がコアに接近したそのとき、コアからエネルギーの一部がレーザービームとなって発射された。
瞬時に後方からモリスが、麝阿璽豬旋条銃《ジャージーライフル》を撃ち、敵のビームを相殺した。
風浦は、一旦後方に下がった。
「危なかった。助かったよ、モリス。」
「コアからビームが、発射されたな。おそらく自爆を阻止しようとすると、自動で発射される仕組みなんだろう。自動防衛装置ってとこか。」
「そうだな。ただ、だいぶ近づけたから、内部の状態が少しわかったぞ。中心に心臓部のようなものがあって、そこがエネルギーを溜めているから、コア自体の圧力が上がって膨らんでいるんだ。周囲を切り裂いて、心臓部を直接叩くしかないと思う。」
「それには、まず近づかないとな。」
「俺が近づいて切り裂くから、モリスが撃ち抜いてくれ。」
「わかった。援護するから、お前は突っ込め!」

風浦はコアに近づいて行き、同時にモリスも後方からゆっくりと追って行った。自動防衛装置からレーザービームが発射される度に、後方からモリスがライフルで相殺していった。あと少しでコアに辿り着ける距離まで来たとき、今度は無数のレーザービームが2人に向かって、放射状に一斉に発射された。2人とも武器で防いだり、かわしたりしたが、数発は体を貫いた。
「ぐっ!大丈夫か…風浦!」
「あ、あぁ…なんとか…な。2発ほどもらったな…」
「これじゃあ、近づけないな…」
そうしている間にも、コアは更に膨張していった。

「本部のアモンです!風浦さん、モリスさん、聞こえますか!?」
「ああ、聞こえている。こっちは絶賛苦戦中だ。」
と、モリスが答えた。
「コアの内圧が徐々に高まっています!このままでは、もって10分ほどです!」
「そうか、わかった…」


切迫した最中、次の手段として考え得る答えは、2人とも一緒だった。
心に覚悟を決めたとき、ふと目に飛び込んできたのは、遥か高くたなびく朧雲おぼろぐもと美しい空の色だった。今まで当たり前だった景色が異世界のように感じ、この極限状態には全く不釣り合いな優雅な佇まいに、思わず笑みがこぼれそうになった。
気づけば2人は同じように、かけがえのない大空を見上げていた。
「こんな世界になってしまっても、季節は移ろうんだな…」
「昔、日本の四季はもっと美しかったんだけどな…」
「おまえと初めて会ったときも、寒さが和らいで少し暖かくなってきた、こんな時期だったな。」
「そういえば、そうだったな。」
「初めて会った頃、おまえが飯当番の日は地獄だったな。」
「米も炊いたことがなかったからな…」
「そう考えると今は、だいぶマシになったもんだ。」
「自分で言うのも何だが、カレーはなかなかのもんだろ?」
「カレーは誰が作っても、だいだい同じ味になると思うぞ。」
「そ、そうか…」
「亡くなった人たちには申し訳ないが、今思い出してみると、VEXのやつらとの日常も悪くなかったよ。」

そんな会話をしていると、2人の間に優しい風が吹いた。

「何気ない日常とか、移ろう季節とか、世界が失ってしまったものを取り戻したいよな。」
「犯してしまった過ちを清算して、美しい地球を未来に残さないとな。」
「トリスとンシアに恥じぬよう、俺たちも最後まで命を懸けて戦おう。」
2人は顔を見合わせて少し微笑むと、それぞれ前を向いて叫んだ。

「解放、槌之子村正《ツチノコムラマサ》!」
「解放、麝阿璽豬旋条銃《ジャージーライフル》!」

本部を出る前に、最悪の事態も想定していた2人は、指令室でアモンにリミッター解除のロックを既に外させていた。
リミッターを解除した2人は、あっという間にUMAに浸食されていった。風浦はU-MEと完全に融合し、その姿は全身が爬虫類の皮膚で覆われ、武器である日本刀は右腕と一体化し、背中から複数の尾が生えていた。
モリスの下半身は完全にU-MEと融合し、上半身の一部は人間の生身の状態で残っていたが、武器のライフルは左手と一体化し、背中からは悪魔のような翼と尾が生えていた。

風浦はUMAの特性を生かし、高速で地面を這うように距離を詰め、モリスもまた、空高く跳び上がり空中から一直線にコアへと向かっていった。自動防衛装置から、先ほどと同様に、無数のレーザービームが放射状に2人に放たれたが、リミッターを解除した2人には見切れないスピードではなく、レーザービームをかわしながら、瞬く間にコアに接近していった。
「モリス!コアの中心部まで、俺が切り裂いていく!エネルギーが溜まる中心部が見えたら、フルパワーで叩け!」
「了解!いつでも撃ち込めるようエネルギーを溜めて、待つ!」
高温のコアに近いため、風浦の皮膚は少しずつ焼けていったが、攻撃を止めることなく、右腕の刀を高速で振り続けると、斬撃による火花が、周囲を明るく照らした。
絶え間ない攻撃でコアの中心分に辿り着くと、エネルギーを発生させる心臓部のような物が現れた。
「今だ、モリス!撃て!」
「照準よし。発射。」
モリスが溜めたエネルギーは極限まで圧縮され、細く尖った針のようになり、まるで閃光のように一直線に放たれ、コアの心臓部を一瞬で貫いた。

爆破を止められたと2人が安堵したのも束の間、本部から連絡が入った。
「風浦さん、モリスさん!エネルギーの上昇は抑えられましたが、コアは活動を止めておらず、現状のエネルギーで間もなく爆発します!すぐにその場から離れてください!」
アモンの言葉を聞かず、2人は少しでも爆破規模を抑えようと、咄嗟にコアの心臓部に覆い被さると、その後すぐにコアは爆発してしまった。

爆発した瞬間、VEX本部の指令室で口を開くものはなく、爆発音だけが室内に鳴り響いていた。その沈黙を破るように、爆発規模を測っていた研究員の1人が、状況を報告した。
「アモンさん、爆発はしてしまいましたが、当初の想定の10分の1以下に抑えられました…」
「きっと2人が身を挺して、爆発を抑えてくれたんだ… 2人の生体反応を確認してください!」
「爆心地が高温で、生体反応が追えません。少しお待ちください!」
指令室は緊張状態が続いた。

「2人の生体反応を確認!生きてます!」
指令室には歓喜の声が上がった。


パリの街は一面、焼け野原になっていた。
爆発の砂埃が晴れると、爆心地から2人はお互いの肩に身を預けながら、ボロボロの姿でゆっくりと現れた。
「なんとか止められたな...モリス。しかし、すごい姿だな…」
「お前もな…」
2人はお互いの異様な姿を改めて見て、少し笑い合った。そして、その場に座り込んだ。

「風浦、悪いが頼みがあるんだ…」
「どうした…?」
「俺はそろそろ、人間としての自我が保てなくなりそうだ。このまま化物になり、暴走してしまうのなら、このまま人として死にたい。お前の手で殺してくれないか…」
「俺も同じだ… 逆だと有難いんだがな…」
「そこは年功序列に/してくれよ」

「またいつか、料理教えてくれよ。」
「今度は/もう少し/手の込んだ/ものをな」
そう言ってモリスは立ち上がり、風浦も続いた。

「あり/がと/うな/風浦」
「ああ/またな/モリス」
風浦は深呼吸をすると、右腕を引き、渾身の力でモリスの心臓を貫いた。モリスは少し笑みを浮かべ、その場に倒れ込んだ。

仁王立ちしたままの風浦の頬には、涙が伝っていた。

(  花/1人にして/ごめん/もう一度だけ/抱っこして/あげたかったな/こんな/世界でも/幸せに/生きて/いってくれ/ 
美里/もう/すぐ/行くよ/ 話し/たい/ことが/いっぱい/ある/んだ  )

風浦は満足そうに微笑むと、自らの首に刃を当てた。


「アモンさん… 2人の生体反応が消えました…」
指令室は、悲しみの静寂に包まれていった。


文:夜田わけい
イラスト:蔦峰トモリ



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