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【パレット上の戦火】 第26話

「深淵の主」


海の淵に黒く染まる、巨大生物兵器の気配が迫ってくるのを感じて、ジェシカは海上を百日紅さるすべりの樹皮のように滑らかに滑走しながら、その暗い影を狙って近づいていった。
U-MEの特殊な撥水力により、海上を颯爽さっそうと自在に滑るジェシカとは対照的に、その影は重厚な戦艦のようで、動作の一つ一つが重たく、少し動くだけで波が高く持ち上がって高潮が起こり、まるで獄門の面前にいるかのように、周囲の空気を張り詰めさせていた。

その巨大生物兵器、大海蛇《シーサーペント》は巨体をうねらせながら、海中を進み、ジェシカの存在に気付くと、尻尾で津波を引き起こし、海底へ沈めようと攻撃を仕掛けてきた。
ジェシカは海上を滑りながら、禰󠄀詩亥連接棍《ネッシーフレイル》を構えて、その巨体へ向かって突撃した。

「お前を倒して、必ず生きて弟の元へ戻る!」

ジェシカは思わず、そう叫んでいた。
禰󠄀詩亥連接棍《ネッシーフレイル》を振り回し、その遠心力を生かして力任せに叩きつけたジェシカの攻撃は、まだ海中にいる敵の胴体辺りに命中し、狼狽した大海蛇《シーサーペント》は、大きな鳴き声を上げて海上に姿を現した。
激しい波を打ち、海面を突き破って出現したその姿は、いつか絵画で見た怪物を彷彿させるものであった。頭部を囲うように兵器が搭載され、その装備の先端にはエネルギーが集中し、光を帯びていた。
また、その恐ろしく長い体躯の前方と後方には、一対ずつ計4機の独立する兵器が空中に浮かんでいて、同じようにエネルギーを貯め、闘気を高めているようだった。
只ならぬ強烈な殺気を感じ、ジェシカは身構えた。

「暗い海の底に、眠らせてやる!」

ジェシカは海上を滑りながら、禰󠄀詩亥連接棍《ネッシーフレイル》を振り回し、その衝撃波で大海蛇《シーサーペント》を大きくのけ反らせた。そこに追い打ちをかけるように、棘付き鉄球の棘の部分を弾丸のように発射させた。
棘は大海蛇《シーサーペント》に突き刺さって爆発し、海水の白い飛沫が空高く舞い上がった。その光景を見たジェシカは一瞬、敵が掲げた白旗のように感じた。


風浦とモリスは、少し回復し、意識を取り戻していた。そして、横たわったまま会話を始めた。
「‥‥気づいたか?」
と、風浦はモリスに声をかけた。
「ああ。」
と、モリスは返事をした。
「大丈夫か?」
風浦が、気遣って聞いた。
「やっと回復してきたようだ。それにしても、こっぴどくやられたな。」
と、モリスは苦笑いで言った。
「そうだな。」風浦も、同じように苦笑いだった。

二人とも、暫く白い天井を見つめていた。

「なんか、ふと思い出したんだが、風浦も随分料理ができるようになったよな。」
「ああ、だいぶモリスに鍛えられたからな。」
「VEXに集まった頃のおまえは、口数も少なくて、受け答えもぶっきらぼうで、正直いけ好かない奴だって思ってたよ。」
「だろうな。」
「今は、あの頃とは随分雰囲気が変わったな。」
「ここに来た当初は、妻を亡くた悲しみと、全くの新しい場所で花と生きていく不安とで、酷い精神状態だったからな。」
「全員敵だー!誰も信じねぇー!俺に近寄るなー!って雰囲気を体中から醸し出してたしな~。」
「確かにな… でも VEX のみんなに出会って、それぞれが痛みや悲しみを抱えながら、それでも前を向いて戦っていこうって姿を見て、俺も前に進まないとって、勇気が湧いたことを、今でも鮮明に覚えてるよ。」

「こんな世界になっても、嫌なことばっかりじゃ無かったな。」
そう言って、モリスは静かに微笑んだ。
「料理も、できるようになったしな。」と、風浦も微笑み返した。

「花には、会わないのか?」
「‥‥やめておくよ。」
「どうしてだよ?大切な娘だろ?俺たちは、もういつどうなるか、わからない状態だぞ?会える時に、自分の想いを言葉で伝えておいた方がいいと思うけどな…」
「いいんだ。あの子は亡くなった妻に似て、俺が思っているより、ずっと強い。面と向かって話すと、それはきっと別れの言葉になる…  わざわざ、また悲しい気持ちにさせることはないと思うんだ。どんな世界になったとしても、あの子はきっとたくましく、幸せに生きていってくれるはずだ。俺はそう信じているから。」
「そうか…  本当に後悔しないか?」
「何も言わなくても、俺たちは親子だ。花も俺のこと、心のどこかでわかってるよ、きっと。」

風浦がそう答えた後、二人は黙ってまた白い天井を見上げた。


地下都市の中心部に辿り着いたトリスとンシアは、ステルスモードのまま、敵の本拠地の様子を伺っていた。しかし、ほんの少しの空間の歪みや光の屈折に違和感を感じた一体のヴァーリアントが、二人の存在に気づき、背後から忍び寄ってきた。

「トリス、気づかれてる!」
と、ンシアは叫んだが、トリスが振り向いた時には既に遅く、ヴァーリアントは、下半身から生えた腕先から、高速エネルギー弾を放っていた。

「くっ!」
トリスは身をよじってかわそうとしたが、間に合わず脇腹に傷を負ってしまった。
だが、すかさずンシアは動き出していた。
疾風のようにヴァーリアントに向かって駆け出し、勢いをつけて栄米蘭《エメラランス》を構えたまま突撃した。
ヴァーリアントは、ンシアの攻撃になんとか反応し、片腕でガードしたが、腕は破壊され、地面に転がった。
そこに追撃でトリスの燿羽衣飛去来器《ヨーウィーブーメラン》が飛んできたが、ヴァーリアントはギリギリで、その攻撃を避けた。頭部をかすめたブーメランは、後方へ飛んでいき、弧を描きながらトリスの元に戻っていった。
「トリス、大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だ。少し脇腹を削られたがな。」
「どうやら、地底のエネルギーを戦闘に活用できるようね。」
「確かに、地上では見たことない攻撃だったな。」
「ここは、奴らの主戦場。エネルギーも使い放題ってことね…」
その戦闘の影響により、他のヴァーリアントたちも二人の存在に気づき、辺りを取り囲み始めていた。

「いよいよ、最終決戦ってとこね、トリス。」
「簡単には、親玉までたどり着けそうもないな。気合入れろよ、ンシア。」
「もちろん!この辺りの奴ら片付けて、マザーと話をしなくちゃね!」
「そうだな、ゆっくり愚痴でも聞いてやらないとな!」
二人は、勇んで戦いの場へ身を投じていった。



海上で優位に戦闘を進めてジェシカだったが、このまま押し切れると油断した一瞬の隙を、大海蛇《シーサーペント》は見逃さなかった。海水を口から吸い上げ、超高圧でビームのように吐き出した。ジェシカは避けきれず、左半身に直撃してしまい、そのまま海中へと落下していった。
(くっ!しまった油断した!でも、こんなとこでやられる訳にはいかない!)

そう思って、体制を立て直そうとしたものの、海中に潜った海蛇《シーサーペント》は、ジェシカを飲み込んでしまおうと、大顎で噛みついてきた
り、長い尻尾を叩きつけてきたりと、立て続けに攻撃を仕掛けてきた。
ジェシカは、水中では思うように動けず、禰󠄀詩亥連接棍《ネッシーフレイル》で、攻撃を受けるのが精一杯だった。
(このままじゃ、やられるのは時間の問題だ…)

そう考えていた矢先、死角である海上から独立型浮遊兵器が、4機ともにジェシカに狙いを定め、エネルギービームを放った。2発はかわし、1発は武器で受けたが、残りの1発がジェシカの肩を貫いた。

ジェシカは、その衝撃で意識を失い、深い海の底へと沈んでいった。



文:夜田わけい
イラスト:蔦峰トモリ




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