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UMAの素 第5回

【妖怪系】

今回は、【妖怪系】というカテゴリーです!

わざわざ説明する必要もない程に、日本人には馴染みの深いジャンルかと思います。古くから日本各地に伝わる伝説の「妖怪」が現実に存在していたら、という可能性のお話です。

数多くいらっしゃいますが、もしかしたらホントにいるのでは?という方々を、狙い撃ちでピックアップしました。


まずは1体目。元祖妖怪の、この方から。

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鬼 ※写真:Wikipedia

一般的に良く知られる鬼は、頭に二本、もしくは一本の角が生え、頭髪は細かくちぢれ、口に牙が生え、指に鋭い爪があり、虎の皮のふんどしや腰布をつけていて、表面に突起のある金棒を持った大男の姿である。
色は赤・青・黒などさまざまで、「赤鬼」「青鬼」「黒鬼」などとも呼ばれている。
鬼は、人に危害を加え、さらに人を食べてしまう存在と考えられることもあった。地獄において閻魔王の元で亡者を責める、獄卒としての鬼のイメージが現在もよく知られている。また、定まった姿は持っていないとされた場合もあり、見た目が美しい青年や美女の姿で現れて、若い男や女を誘ったり、人を騙すために、相手の家族や知人に化けることができるなどとされた。鬼は「○○童子」と名付けられる場合もあった。
今でも、日本の各地には、「かつて鬼が棲んでいた」という伝説が多く残っている。現在は、「悪い物」「恐ろしい物」「強い物」などの代名詞として使われることも多い。(wikipedia参考)

近年は、こちらの映画のおかげで、世界的にも超有名になりましたね。

ちなみに海外だと、「Demon slayer」ってタイトルらしいです。なんか違う気がするなぁー…


こちらは、鬼のミイラです。

十宝山大乗院 鬼のミイラ

四日市にある十宝山大乗院に安置されている、鬼のミイラ。座高は1.4m立てば2mを超えるそう。落ち込んだ目、半開きの口、手を組んでひざを曲げて座った鬼は、何かを訴えかけてくるような感じに見える。この鬼のミイラは、大乗院の檀家が縁あって購入した後、寺に納めたと伝えられている。テレビで放映されたこともあり、休日には遠方から参拝者が訪れるそう。
(宇佐市公式観光サイトより)


続いて、同じ鬼の名が付いてもちょっとビジュアルの違う、この方。

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牛鬼

西日本に伝わる伝説の生物で、主に海岸に現れ、浜辺を歩く人間を襲うとされている。伝承によれば、非常に残忍かつ獰猛な性格で、毒を吐き、人を食うという。海岸のほか、山間部、森林、川、沼、湖にも現れるとされる。特に淵に現れることが多く、近畿地方や四国にはこの伝承が伺える「牛鬼淵」・「牛鬼滝」という地名が多く残っている。
言い伝えでは、頭が牛で首から下は鬼の胴体を持つというが所説あって、山間部の寺院の門前に、牛の首に人の着物姿で現れたり、牛の首、鬼の体に昆虫の羽を持ち、空から飛来したとの伝承もある。(wikipedia参考)

こちらは、牛鬼の手のミイラです。

石垣山 観音寺の牛鬼の手のミイラ

牛鬼伝説
1062年(康平5年)晩秋のこと。真夜中に「ゴーン、ゴーン」と鳴る鐘の音に住職は驚いて目が覚めた。「誰がつくのだろう」ほの白く沈んだ闇がむなしく、ほかには何も見えない。この不思議な出来事は、来る夜も来る夜も起こった。
そして、鐘の音の後、牛や馬が煙のように消えて、村の娘や子供までいなくなり、村人の不安は募るばかりであった。観音寺の住職は、ある晩宝剣を持ち、意を決して鐘つき堂に隠れ、夜中に鐘をつくものの正体をつきとめることにした。
夜がふけ、雷雨と暗闇がすべて覆い尽くすと一陣の風と共に現れたのは、頭は牛、体つきは鬼というものすごい怪物だった。
住職は修行を積んだ高僧だったが、この時ばかりは全身に鳥肌が立ち、足の震えをどうすることもできなかったという。この怪物「牛鬼(うしおに)」も住職に気づき、真っ赤な口を開けて、今にも飛び掛からんばかりだった。思わず、住職はお経を唱え始めた。すると牛鬼は急に苦しみだし、住職の読経と宝剣により神通力も失い、とうとう鐘つき堂で死に絶えてしまった。
あくる朝、知らせを聞いた村人たちは牛鬼の首を京へ送り、手は観音寺に保存した。また、この時に牛鬼の耳を付近の山に納めた。それからこの山を、誰言うことなく「耳納山(みのうやま)」と呼ぶようになったそう。
(石垣山 観音寺ホームページより)


続いても、有名度トップランカーの、この方。

河童背景あり

河童

日本に古くから伝わる妖怪・伝説上の生き物。ほぼ日本全国で伝承され、その呼び名や形状も各地方によって異なるが、1927年の芥川龍之介の小説『河童(Kappa )』によって知名度が上がり、代表的な呼び名となった。水神、またはその依り代、またはその仮の姿ともいう。鬼、天狗と並んで日本の3大妖怪ともされる。
体格は子供のようで、全身は緑色または赤色。頭頂部に皿があることが多い。皿は円形で毛が生えておらず、水で濡れており、皿が乾いたり割れたりすると力を失い、死ぬとされる。口は短い嘴で、背中には亀のような甲羅が、手足には水掻きがあるとされ、肛門が3つあるともいわれる。体臭は生臭く、姿は猿やカワウソのようと形容されることもある。両腕は体内で繋がっており、片方の腕を引っ張るともう片方の腕が縮み、そのまま抜けてしまうこともあるとされる。好物はキュウリとされている。(wikipedia参考)

こちらは、河童のミイラです。

松浦一酒造の河伯のミイラ

松浦一酒造株式会社の創業は、正徳6年(1716年)。
この蔵元には、「我が家には何か珍しいものがある」と代々の当主から当主へ語り継がれる話があった。しかし17代続くなかで、それが何を意味するのか不明のまま推移していた。ところが約50年前、母屋の屋根替えの時に大工の棟梁が 「梁の上にこんなものがくくりつけてありました。」とボロボロになって埃だらけだが、とても丁寧に紐でくくられた箱を持ってきた。蓋をとると、なんとも不思議な形をしたミイラが出てきた。黒い箱のほこりを払うと、その箱には“河伯”という文字が書かれてあった。当主は大変驚き、いろいろ調べたが、箱の “河伯” という文字が “カッパ” を意味するということ以外、手がかりが無かった。しかし、「これが祖先から伝わる言い伝えのものに違いない。そして河伯様がこの蔵を守ってくださる。」と神棚をつくり、水神様としてお祭りするようになった。
(佐賀県の観光情報ポータルサイト「あそぼーさが」より)

続いても超有名な、この方。

天狗

天狗

日本の民間信仰において伝承される、神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物。俗に人を魔の住む世界に導く魔物とされ、外法様(げほうさま)ともいう。元々、天狗という言葉の意味は、中国において凶事を知らせる流星を意味するものだった。流星すなわち火球(-3~-4等級以上の非常に明るい流星)が大気圏を突入し、地表近くまで落下すると、しばしば空中で爆発し、大音響を発する。この天体現象を、吠え叫びながら天を駆け降りる犬の姿に見立てている。中国の『史記』をはじめ、『漢書』『晋書』には天狗の記事が載せられている。天狗は天から地上へと災禍をもたらす、凶星として恐れられた。日本では、一般的に山伏の服装で赤ら顔で鼻が高く、翼があり空中を飛び回るとされる。(wikipedia参考)

こちらは、天狗のミイラです。

八戸市博物館 天狗のミイラ

ミイラは八戸藩南部家旧蔵で、収納されている木箱のふたに「日向州延岡産」と書かれていて、約30センチの木箱に、羽根のようなものと手足、頭が収められている。
鼻は高くなく、くちばしはないが、眼窩(がんか)・鼻・口は大きく、大きな牙状の歯が数本残っている。手足は細長く、膝から下は鳥を思わせる姿をしている。どのようにして八戸に伝わったのかは不明。


続いては、昨今のコロナの影響で有名になった、こちらの方々。

UMAアマビエ

アマビエ

日本に古くから伝わる妖怪。海中から光を輝かせるなどの現象を起こし、豊作や疫病などに関する予言をしたと伝えられる。同種と考えられる存在に、アマビコやアリエなどがある。江戸時代後期に製作された瓦版(今の新聞)に類する刷り物に、絵と文とが記されている。
肥後国で夜ごとに海が光ったため、土地の役人がおもむいたところ、アマビエと名乗るものが出現し、役人に対して「当年より6ヶ年の間は諸国で豊作がつづく。しかし同時に疫病が流行するから、私の姿を描き写した絵を人々に早々に見せよ。」と予言めいたことを告げ、海の中へと帰って行ったとされる。
瓦版に弘化3年4月中旬という記載があることから、その年に出版されたものであると考えられている。姿形については添えられた挿絵(アマビエを目撃したとされる役人が、その場で姿を写した「アマビエの絵」が江戸に送られ、その「写し」であると文には書かれている)が存在しているが、文章による具体的な特徴の説明はない。(wikipedia参考)

こちらは、オランダの博物館に存在していて、SNSで話題になったアマビエのミイラ。オランダ?

オランダ ライデン国立民族学博物館 アマビエのミイラ

医師として日本を訪れたシーボルトが、日本で様々な動植物標本から文学・民族学的標本を大量にオランダに持ち帰り、約5000点の日本に関するコレクションを、王家のコレクションの一部とするため寄付し、民族学的見地から博物館を設立したそう。なので、オランダに日本の物品が集まるのも当然で、江戸時代の日本は鎖国していたが、オランダは数少ない国交のある外国だったからだという。


件

19世紀前半ごろから日本各地で知られる、半人半牛の姿をした妖怪。生まれて数日で死ぬが、その間に作物の豊凶や流行病、旱魃、戦争など重大なことに関して様々な予言をし、それは間違いなく起こる、とされている。
また、件の絵姿は厄除招福の護符になると言う。別の伝承では、必ず当たる予言をするが予言してたちどころに死ぬ、とする話もある。また歴史に残る大凶事の前兆として生まれ、数々の予言をし、凶事が終われば死ぬ、とする説もある。江戸時代から昭和まで、西日本を中心に日本各地で様々な目撃談がある。
その姿は、古くは牛の体と人間の顔の怪物であるとするが、第二次世界大戦ごろから人間の体と牛の頭部を持つとする都市伝説も現れた。幕末頃に最も広まった伝承では、牛から生まれ、人間の言葉を話すとされている。(wikipedia参考)

こちらは、件のミイラ。

件のミイラ

日本で唯一の現存するものらしいですが、存在の詳細は分からずでした…
よくイベントで展示されていますね。


UMAミイラ 色々


今回は、ミイラも同時に紹介しましたが、最近は発達したテクノロジーでCTスキャン的なことを行い、真相が明らかになったりしています。
(余計なことを・・・)
夢とロマンを返してくれ!と言いたい。


以上、今回は【妖怪系】でした!
所説ありますので、あくまでUMA CREW PROJECTの見解です!


次回は、【見間違え/勘違い系】です!お楽しみに~




UMA CREW PROJECT【スマホアプリ始めました】


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