【パレット上の戦火】 最終話
「パレット上に彩られた新世界」
宇宙空間に飛び出したロケットは、無事に月面に着陸した。
漆黒の暗闇に、灰色のクレーターが点在する月面は、モノトーンの世界であったが、そこから見える地球は、先程まで繰り広げられていた戦火の様相など感じさせないくらい、青く鮮やかで美しかった。
「きれい…」
花は、初めて外から見る地球の美しさに驚いた。
「本当だね… 戦っていたあの日々が嘘みたい…」
凛花も、その光景を見つめた。
凛花と花は、暫く外の景色を眺めていたが、今後の事を話すことにした。
「少し、今後の話をしましょう。私も把握しきれていない部分があるから、トリスピーカー、説明してくれる?」
「かしこまりました。このロケットは、100年後に地球に戻るようプログラムされています。また、太陽光を活用したシステムを搭載しており、皆様の生命を維持するために機器が必要とするエネルギーを賄っています。
人間の生命は、現状100年も続かないので、お二人にはコールドスリープに入ってもらい、低温状態で眠りにつき、時間経過による老化を防ぎます。そして100年後の今日、コールドスリープは自動的に解除され、ロケットは地球へ向かって発射します。100年後の地球は、戦火による破壊から回復し、環境が整っていると想定しています。」
「ヴァンは?」
と、花は不安そうに聞いた。
「コールドスリープは本来、成人の生命維持に対応しています。花さんはまだ5歳です。月に到着するまでの間、何度かシミュレーションをしましたが、1台にヴァンと一緒に入っても、問題ないと思われます。」
「よかった…」
と、花はヴァンを抱きしめた。
「ありがとう。よくわかりました。では、今日は準備をして、明日コールドスリープに入ることにしましょう。」
「私は、出発時に対応しきれなかった内部の破損箇所の状態を確認して、修復を試みます。」
そう言って、トリスピーカーは動き出した。
「花ちゃん。さっきから気になってたんだけど、その大事そうに持っている端末は何?」
「これはね。パパのお話が入っているみたいなの。ライアンがくれたの。どうやって聞くかわかる?」
凛花は花から端末を受け取ると、音声ファイルを再生した。
花は、父からのメッセージを最後まで聞き終わると、ぼろぼろと大粒の涙を流し、大声で泣いた。
凛花は横にそっと座り、花の肩を抱き寄せた。
「素敵なお父さんだね…」
花は何度もメッセージを繰り返し聞き、そのうち泣き疲れて眠ってしまった。
花が眠ってしまった後、トリスピーカーが一通りの確認を終えてやってきた。
「凛花さん。内部の確認と修復は終わりました。その上で、ご報告しなければならないことがあります。」
「何か、甚大な被害があったのね…?」
「はい。コールドスリープが1台、破損しています。修復を試みましたが、完全には直りませんでした。大人1名が入って作動させた場合、シミュレーション上では、約65%の確率で100年経つ前に、解除されてしまいます。」
「……そうですか。」
「どうされますか?」
「正常な方に、花ちゃんとヴァンを入れ、破損した方には私が入る。それと、このことを花ちゃんには伝えないで。」
「わかりました。酷な話ですが、もし途中で目覚めてしまった場合、そのタイミングにもよりますが、このロケットには人間が長く生存できるほどの食料は、備えてありません。」
「わかっています。その時は、自分の身の振り方は考えるから。トリスピーカー、その時は花ちゃんを、必ず無事に地球に送り届けてね。」
「かしこまりました。お約束します。」
翌日、長い眠りにつく前に、皆で最後の食事をとった。
凛花と花は、他愛もない話をしながら時間を過ごした。
凛花は花を抱きかかえ、窓から地球を眺めた。
「ここから見ると、とっても綺麗だけど地球は傷ついちゃたんだ。だけど花ちゃんがいい子で眠って、目を覚ます頃には、きっと地球も元気になっているから。そうしたらまた、あの生まれた地球に帰ろう。」
「うん。今度は、みんなで仲良くできるといいね。」
「そうだね。花ちゃんの言う通りだね…」
凛花は、コールドスリープに花とヴァンを寝かせると、最後に声を掛けた。
「ヴァン、花ちゃんをよろしくね。」
ヴァンは、小さく吠えた。
「花ちゃん、またね。おやすみなさい。」
「凛花さん、おやすみなさい。」
そう話してから、コールドスリープを閉じ、起動させた。すると、花とヴァンはすぐに眠りについた。
「凛花さんも、もうコールドスリープに入りますか?」と、トリスピーカーが尋ねた。
「少し、待ってて。」
凛花はそう答えると、トリスの端末内のファイルを確認した。そこには音声データが2つ存在した。
1つを再生すると、それはヴァーリアントの声だった。
「遘√?蝨ー逅?ココ繧定ィア縺輔↑縺」
(……我々は地球を穢すものを許さない。)
「莠コ髢薙r險ア縺輔↑縺」
(……人間を許せない。)
ヴァーリアントの魂の叫びが、地底で反響している様子が録音されていた。 (何を言っているかわからないけど、切実さは伝わってくる…)
続いて、もう1つのファイルを再生した。
ファイルの再生が終わった後、トリスピーカーが凛花の方を見ると、その背中が小刻みに震えていた。
暫くすると、凛花は自らコールドスリープに入った。
「トリスピーカー、起動をお願いできる?」
「わかりました。100年後に、皆でお会いできることを楽しみにしています。おやすみなさい。」
「またね。おやすみ。」
凛花がコールドスリープを閉じると、トリスピーカーが起動させた。凛花が眠りについたことを確認し、トリスピーカーもディープスリープモードに入った。
皆が深い眠りについてから、長い年月が過ぎた。
突然ロケット内にアラート音が鳴り響き、凛花の入っていたコールドスリープのシステムが解除され、扉が開いてしまった。
そして、凛花は目を覚ました。
凛花はゆっくりと起き上がり、ロケット内の日付を確認した。
(……50年ほどしか経過していない。賭けは私の負けか…)
凛花は途方に暮れながら、窓の外に広がる月面と、変わらず美しい地球を見るともなく眺めていた。
その後、ふと思い出したように、トリスの端末内のメッセージを繰り返し聞いた。
(覚悟を決めるしかない… 最後に出来ることをやろう…)
凛花はまず、トリスピーカーのディープスリープモードを解除し、起動させた。
「トリスピーカー、聞こえる?」
「はい。現在の日付を確認しました。残念です、凛花さん。」
「仕方ないね… もう覚悟は決めた。最後に、いくつかやりたいことがあるから、手伝ってくれる?」
「もちろんです。」
「トリスが遺したメッセージにあった通り、誰が聞いてくれるかは、わからないけれど、この悲しい一連の物語を記録しておこうと思うの。私がこれから話すから、それを録音してくれる?」
「かしこまりました。おそらく悲しいお話になりますよね。最後に、ンシアさんの歌でも流しましょうか?」
「いいね。心安らぐものね。」
凛花は座って深呼吸をすると、ゆっくりと語り始めた。
「これは、遥か昔の地球という星で起きてしまった悲しい物語です。その星では、地上に人間、地下ではヴァーリアントという生物が暮らしていました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これが物語の結末です。最後に、ヴァーリアントの切実な声をお聞きください…」
話を終えると、トリスの端末でヴァーリアントの声を再生した。
「遘√?蝨ー逅?ココ繧定ィア縺輔↑縺」
「莠コ髢薙r險ア縺輔↑縺」
再生が終わると、トリスピーカーに合図をした。すると、トリスピーカーは、ンシアが歌うRadioheadの「No Surprises」を流し出した。
凛花は音楽をバックに、こんなことを語り始めた。
「クレーターのほとりで、故郷ふるさとを思い返すとき、私たちはかつての過ちに気づいて、世界を救う方法を考えることができたのかもしれない。今となっては、もう随分と昔の話だが……。」
短く語った後、ンシアの歌が終わると、トリスピーカーはそこで録音を止めた。
「何だか、ラジオ放送みたいでしたね。」
「そうだね。凛花・カスガイが送る、最後の月面放送ね…」
その後、凛花は残していく花へ手紙を書き、トリスピーカーに託した。
「花ちゃんが起きた時、私がいなくなっていることに、驚いて悲しむだろうから、その時にこの手紙を読んであげて。」
トリスピーカーは、その手紙を受け取った。
「少し準備をするから、待ってて。」
そう言うと、凛花は身支度を始めた。
暫くして準備を終えると、トリスピーカーに最後のお願いをした。
「私は、これから救急用の脱出ポッドで、宇宙空間に出る。私が乗り込んだら、発射ボタンを押して。」
「これが、あなたが最後に選ぶ道なのですね。」
「そう。あとは、よろしくね。」
凛花は脱出ポッドに乗り込むと、窓越しにトリスピーカーへ合図をした。それを確認すると、トリスピーカーは、発射ボタンを押した。
ロケットから離れる瞬間、凛花は最後に窓から笑顔を見せた。
(トリス… 次にあなたと逢えるのは、宇宙の彼方になりそうね…)
トリスピーカーは、宇宙空間に飛び出していくポッドを、見えなくなるまで見送った。
更に年月が経ち、花たちがコールドスリープに入ってからちょうど100年後、再びディープスリープモードに入っていたトリスピーカーが起動した。ほどなくして、花とヴァンの入っていたコールドスリープの扉も開いた。
「おはようございます、花さん。」
と、トリスピーカーは声を掛けたが、花はまだ目覚めなかった。
すると、先にヴァンが体を起こし、花の頬を優しく舐めた。暫くして、花は目を覚まし、ゆっくりと大きく伸びをした。
「…ここどこだっけ?」
「おはようございます、花さん。ここはロケットの中で、今は月の上です。」
寝ぼけた頭が冴えてくると、花は徐々に色々なことを思い出していった。
「凛花さんは、どこ?」
「お話しますので、まずは軽く食事をしましょう。」
簡易的な食事を花とヴァンに摂らせながら、トリスピーカーが話し出した。
「凛花さんから、お手紙を預かっていますので、読みますね。」
「え!?凛花さん、いなくなっちゃったの?」
「そうですね。でも、私もヴァンもいます。1人ではありませんよ。」
「そうだね… 凛花さん、早くトリスさんに会いたかったんだね…」
「凛花さんの言う通り、寂しがっている暇はありませんよ。間もなく、このロケットは地球に向けて再出発します。急いで準備して、席に着きましょう。」
ロケットは暫くして、地球に向けて飛び立った。モノクロの世界から離れると、色鮮やかな地球が徐々に近づいてきた。宇宙空間から見える星々の輝きは、地球から見たそれよりも一層眩く煌めいていて、まるで未来を照らす希望の光のようだった。
大気圏に突入すると、機体が激しく揺れたが、そこを抜けると、果てしなく続く青空が広がっていた。高度を下げながらロケットはゆっくりと飛行し、無事に地上へ着陸した。
100年の時が経ち、見える景色は一変していた。
人間が築いた文明は跡形もなく崩れ去り、その面影だけが少し残されていたが、ほとんどが大自然に飲み込まれていた。
その大地や空や海には、たくさんの生物が悠然と暮らしていた。
大地ではツチノコ、エメラ・ントゥカ、ヨーウィ、エイリアン・ビッグ・キャット、チュパカブラなどが自由に動き回り、空中にはライト・ビーイングやケセラン・パサランがふわふわと浮かび、大空をローペンやジャージーデビルが駆け巡り、海ではネッシー、シーサーペント、クラーケンたちが優雅に泳いでいた。
その生物たちは紛れもなく、ヴァーリアントや人間に利用されていた「UMA」たちであった。
ロケットのハッチが開くと、そこには新しくもどこか変わらない景色が広がり、新鮮だがいつかの懐かしい匂いもした。
花は、トリスピーカーを肩に乗せ、ヴァンを横に連れ、地球に降り立った。
【 完 】
文:夜田わけい
イラスト:蔦峰トモリ
■パレット上の戦火 ファイナルPV
■Radiohead:「No Surprises」
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