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【禍話リライト】ピアノの指

 禍話は心霊スポット探訪について多くの話をするものの実際に行くことは推奨していない(ようだ)。
 肝試しは、大昔からあるイベントだが、その場で何も起こらなかったからと言って、安全だとは限らない。影響は遅れてくるかもしれないし、自分以外の家族や友人に影響を及ぼす可能性もある。
 ゆめゆめ、軽い気持ちでの訪問は気を付けてほしい。これはそんな話。

【ピアノの指】

 Aさんが大学生の頃、同級生の友人Bさんに誘われて住宅街の中にある心霊スポットに行くことになった。
 かなり古く小さな建物で、床などは腐れ落ちているのではないかと思うのだが、その廃屋にはピアノがあると言われていた。建物の大きさやグレードと、どうやって運び入れたのか疑問なほどの大きなピアノがミスマッチで、とてもそんな豪華な楽器があるようには見えない。しかも夜中に近くを通ると、鍵盤を押すか細い音が聞こえるのだとも。
 Aさん自身は、そんなあばら家に重い楽器を支えるほどのしっかりした造りを保持してもいないように思っていた。また、それ以外の家具はすべて持ち出されているそうなので、金目になりそうなピアノは真っ先に売り払われるのではないかと、真偽をかなり疑っていたのだそうだ。

 その廃屋は、住宅地の真ん中にあるというロケーションもあって、あまり肝試しなどには使われてはいなかった。すぐ近くに人が住む家があり、大きな音や声を出すと容赦なく警察を呼ばれるのだという。
 AさんとBさんの二人は、寝起きドッキリばりに音を殺して件の廃屋へと足を向けた。夏も終わりに近い夕方のことだ。
 夕方だったのは、日が落ちてしまうと真っ暗になってしまい、そこで光源を持ち出すと、あっという間に近所にばれてしまうためだった。
 廃屋はあっさり侵入でき、すぐの部屋にピアノが置いてあった。
 ピアノの上には申し訳程度に布がある。
 立派なグランドピアノで、埃は厚く積もっているものの在りし日はそれは立派なものだったろうと容易に想像ができた。
 ふたを開けると、鍵盤の上にもビロードのようなすべすべした布が置いてある。
 Bさんと顔を合わせる。どうしても鍵盤が押してみたいが、あまり大きな音を出すと近隣住民にばれてしまう。
「どうする?」
「そっと、一音だけ押したらいいんじゃない」
 その一言に背中を押され、Aさんはおそるおそる鍵盤を押さえた。ちょうどファのところだ。
 緊張して押さえたのだが、壊れていたのか音は鳴らなかった。
「鳴らないね」
 そのまま、二人でそっと廃屋を出た。
「壊れて音が鳴らないんだったら、近所で聞こえたピアノの音というのもきっともっともらしい噓の噂なんだ」
ーーなどと話しながら、家路についた。
 噂の真偽を確かめることができ、小さな達成感を感じながらそれぞれの住まいへと向かう。Aさんはそのころ電車で30分ほどの実家から離れて一人暮らしをしており、Bさんは実家住まいだった。

 Aさんが、ワンルームのマンションについたのは、ちょうど日が落ちるころ。それから、夕食やネットサーフィンなどいつもの寝る前のルーチンなどをこなし、床に就いたのは2時を少し回っていた。
 電気を消して、ウトウトとしていると、どこからか「ファ」の音が聞こえたような気がした。
 夕方にそういうことをしたから、幻聴が聞こえたのだと自身を納得させる。若干なりとも罪の意識があったのか。
 うっすら眼を開ける。
 ベッドではなく、床に延べた布団からの視線は、暗いながらもいつもの部屋が広がっているだけだ。しかし、違和感がある。ゆっくりと部屋を見回す。Aさんは、小さい時から視力が自慢だった。
 枕元に1メートルほどの本棚が二台あり、漫画が並べられている。地震が起きて、寝ているところに倒れ掛かってきたら大けがは必至だが、その二台の間にすき間がある。普段はぴったり引っ付いているはずなのに。
 そこで気が付いた。Aさんの頭上、80センチほどのところに、すき間から何か出ている。
 目を凝らして正体が分かった。
 指だ。
 長い。人差し指か、中指のように見える。
『あれっ』
 心の中でつぶやく。そんなところにすき間はないし、あったとしても人が立てるようなスペースはない。指だけが出ているのだ。
 金縛りにはあってはいないものの、『指の主に気取られては何をされるか分かったものではない』と思うと、うかつに体も動かせない。
 一方で、寝る前に本棚の上に何か置いたか、そんな風に見えるようなものが挟まっていないか等、合理的な説明を求めてしまうのだが、何度見ても指は指だ。
 幸い、声も出しておらず気付かれてはいないようなので、このまますっとぼけるしかない。
 薄眼を開けて、相手の様子をうかがいながらまんじりともしない時間を過ごしていた。
 間の悪い出来事というのは、本当にあるもので、こういう時に限って携帯電話に着信があった。
 さすがに電話に気付かないふりはできない。
「何?」
 指の方は見ずに、布団に寝たまま電話に出ると、Bからだった。
「〇〇〇〇ぜー」
 何かを提案しているのだが、金切り声で内容が全く聞き取れない。テンションが高く躁状態だ。後ろで、家族も声を上げているが、こちらもハイになっている。
「もう切るぞ」
 ちらりと携帯の時計を見ると、2時半を少し過ぎている。
 気付かないふりをしている指は動いていない。
『よかった』
 引き続き寝るふりをしようとしたときに、突然指が動いた。少し上にあったのが、Aさんの右目瞼の少し上に、トンッ、と落ちてきた・・・・・
 そこで、Aさんの記憶は途切れた。

 気が付くと、交番で警察官に事情聴取をされていた。場所は、住んでいるマンションから結構離れている。
 両足は裸足で、そのせいか血まみれだった。
「だから、あなたはどうしてあそこで騒いでいたんですか?」
「あの……」
 突然我に返ったAさんに、お巡りさんも戸惑い気味だったが、それまでの経緯を教えてくれた。
 この交番のある町で大声で騒いでいたAさんを保護し、事情を聴こうとしていたが、アルコールも接種していないのに極度の躁状態で薬物検査も視野に考えていた。違法薬物の担当官に連絡をしようか迷っていたのだという。
 Aさんは、信じてもらえないだろうと思いながら、夕方にピアノのある廃屋へ行ったことから、寝るときに指が見えたこと、友人から電話があったことを話した。
「本当なんです!」
 そう力説するAさんに、警察はこちらの目も見ずに「ふーん。ああそう」と冷ややかな対応だ。決して「そんなことあるわけない」「バカなことをいうな」と真っ向から否定するわけでもない。
 机上には、Aさんの携帯電話があり、ちょうど実家の電話番号が出ていた。
「記憶がなくてご迷惑をおかけしました。あの、そういえば、こういう時って家族を呼ぶもんじゃ……。実家とかに連絡されたんですか」
「家は、電話させていただいたんですが、ご両親とも騒いでらしてまともにお話しできないようでしたので……」
 父は普通のサラリーマン、母は専業主婦の一般家庭で、こんな夜中に起きて騒いでいたことなどかつて一度もない。
「怖いので、朝まで居ていいですか?」
「どうぞ」
 若い巡査は、休憩室の一角を指した。

 翌朝、日が昇ると同時に呼んでもらったタクシーで実家へ向かった。
 二階建ての一軒家に入ると、両親、妹が普段着のまま居間で眠り込んでいた。それぞれの寝室はもちろん別にある。
 見た感じでは、遅くまで居間で騒いだ家族がそのまま力尽きて寝てしまったように見える。
 起こすと、母親が「肩や手など、あちこちが痛む」という。もちろん、警察からの電話や騒いでいた記憶は全くなかった。

 大学でBに会うと、昨日の夜のことは全く覚えていなかった。
 ただし、隣人から遅くまで庭で騒いでいたことをきつく咎められたのだという。庭には確かに踏み荒らされた跡があった。

 菓子折りを持って交番に行くと、対応してくれていた若い巡査が教えてくれた。
「詳しいことは言えないんだけど、君が行ったという廃屋がある地域でね、夜に騒ぐ家族がいて苦情が入ったことがあるんだ。住民の要望もあって『止めてください』と言いに行ったんだが、聞き入れてもらえず、町内会の議題にまで登ったことがあったんだ。確かその家には場違いな楽器があると聞いていたから、もしかするとそれがピアノじゃないかと」
 驚いていると、自分とそう年も変わらないと思える制服姿の警察官は続けた。
「最終的にその家族、変なことになったけど事件性がなかったから警察もそれ以上深追いはしなかったはず。だから、そんな家に行っちゃダメだよ」
「分かりました。二度と行きません」
 以来、Aさんは一度もそういう場所へ訪れていないという。

                             〈了〉

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出典

元祖!禍話 第27夜(2022年11月5日配信)

3:00〜

元祖!禍話 第二十七夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/750390350

※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。


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