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【禍話リライト】花子さん譚「花子さんをやった話」

 禍話のレギュラーにトイレの花子さんの話ばかり集める「花子さん(仮)」という人がいる。
 今回は、"花子さんの話"なのだがそれを演じたAくんという男性の話。

花子さん譚「花子さんをやった話」

 現在30代のAくんは、バスケかバレーをやっていたのではないか、と思うほど背が高く、筋肉質で声が低い。聞くと中学生の頃にはこの声だったという。そんなAくんが中学生の時の体験。

 ある夕方、教室で残っていると、いつもつるんでいるグループとは別の男グループのクラスメイトが声を掛けてきた。ドッキリをするから手伝って欲しいのだという。ちょうどクラスで怖い話ブームのようなものが流行っていたころだ。付き合いの薄いAくんに白羽の矢が立ったのは、仲良しグループじゃない人を選ぶことでドッキリの精度を上げるためだと説明された。
 別に帰ってもよかったのだが、ジュースとパンで釣られた形だ。
 具体的には、放課後、旧校舎の3階のトイレでドッキリを仕掛けられるBくんが個室の扉を叩いて「花子さん」と言うから、「はぁい」と返事をしてくれというものだった。Bくんがドッキリ相手に選ばれたのは単にじゃんけんに負けたからという単純な理由だ。
『そこって女子トイレなんじゃないの?』と思ったものの、放課後に旧校舎のトイレを使うような人もおらず、その疑問は飲み込んだ。あと、『何で声の低い俺に花子さんのキャスティングをしてきたんだ? 他に声の高い帰宅部のCとか教室に居たのに』という疑問も同様に脳裏から振り払った。

 指定された旧校舎のトイレで待ち構えていると、しばらくして廊下の向こうから複数人の声がした。もちろんBくんの声も混じっており、かなり抵抗しているようだった。
 曰く、
「なんで女子トイレに」
「そんなものいるわけがない」
「旧校舎に勝手に入って怒られないか」
「明かりは点けていいのか」
等々。それを、Aくんへ依頼したクラスメイトたちがなだめすかしている様子だ。『30分ほども暗いトイレの個室で待っているのだから早く来てくれよ』とも思ったが、ようやく事態は進んだようだった。
「いやだなぁ、おまえら、絶対そこから動くなよ! 逃げたら音が響くからわかるんだからな」
とBの声がしたのだ。
「はいはい、早く行けよ」
と煽る声も聞こえる。

 しばらくして、扉を開けて女子トイレの中へ入ってくる足音がした。おっかなびっくりでおずおずと足を運ぶ様子が目に浮かぶ。
 そこでAくんの脳裏に『一回も練習してなかったな。しまったなぁ』
という思いが去来した。この頃からAくんは今と変わらない野太い声で高い声を出したことなど久しくなかった。しかし、ここまで来て声を出したらドッキリも失敗してしまう。だから、ぶっつけ本番でノックを待った。変な声が出てしまったら待ってた時間も水の泡だ。
 1分か2分か、それほど長く待たされずに、目の前のドアが3回ノックされた。続いて「花子さん」との声も。
 少し息を吸い込んでAくんは答えた。
「はぁい」
 始めての挑戦だが、うまく高い声が出たという。Bが驚くだろうとほくそ笑む。すると、Bくんが、
「うわぁああぁぁぁああぁぁ」
 平板な声で叫び声をあげた。
 棒読みでもない。しかし、驚いている風は微塵もない。
 変な反応だったから、Aくんは面食らってしまった。クラスメイトのネタバレを待つも、扉を開く音もしない。
 じりじりと待つと、耐えきれなくなって、扉の下から向こうを覗いてみた。低い姿勢なら、暗いながらも室内が見える。そこには学生服の足が二本みえた。つまり、直立不動で動かないということになる。
 外のやつらも黙っている。動いたら音がするので分かる。古い校舎ゆえのさがだ。ここで、自分がネタバラシをするわけにもいかない。扉の向こうに立ったままのBくんの鼻息だけが暗い室内に響き渡る。
 どうしようもない。
 逆ドッキリにしても、訳が分からない。
 そこで、あからさまに人が居るアピールをすることにした。便座をわざと上げ下げしたり、咳ばらいをしたり。
 体感で5分ほどたった時、ついに耐えられなくなった。
「開けるぞ、俺だ俺だ!」
 そう言って、扉を開けた。すると、そこには誰もいなかった。
 廊下に出ても、ドッキリの仕掛け人たちもいない。
 外のやつらは相当気をつければ音もなく立ち去ることはできるが、中のBくんは、そういうわけにはいかない。どうしても扉の開け閉めの音はする。しかし、人っ子一人いなかった。
「おかしいな」
 首をひねりながら戻った教室には、もう誰もいなかった。気持ち悪くなって、カバンをひっつかんで帰宅したという。

 家に帰ると、母親が話しかけてきた。
「おかえりなさい。今日はちょっと遅かったわね」
「ちょっとバカな事頼まれちゃって」
「そういえば、さっきBくんから電話があったわよ」
 Aくんは二階の自室に上がろうとした足を止めた。
「え! Bから電話?」
「そう。同じクラスでしょ」
「まぁ。何か言ってた?」
「いや、何か『面白い時間をありがとう』とか言ってたから、あんたが遅くなったの、それなんじゃないの」
 状況は、とても気味が悪い。気味は悪いが、無理矢理頭の隅に追いやって、そのまま飯を食って、風呂に入って、自室で寝た。

 夜中の2時に目が覚めた。
 おしっこに行きたくなったのだ。
 別に珍しいことではない、行かないことの方が少ないほど夜のトイレは日課になっていたという。寝ぼけまなこで、自室の扉を開けた。すると、隣の部屋の扉が開いて、同い年くらいの女の子が出てきた。
 Aくんは一人っ子なので、これは明らかにおかしい。
 おかしいのだが、夢うつつなので、『親戚か妹か』くらいの認識だったという。Aくんの隣の部屋は物置なので、状況は輪をかけて奇妙なのだが、そのことに気付けない。
 気付けないまま、『廊下が真っ暗なのに、危ないなぁ』とその女性を慮って電気を点けた。女性は、2階の奥のトイレに入って扉を閉めた。
 また、明かりがついていない。
『寝ぼけてんのか?』そう思いながら、トイレの電気も点けてあげたのだが、中に動きも音もない。
 だから、ノックをした。
 1回。返事がない。
 2回。返事がない。
 3回目で、「あっ!」と自身の置かれた状況に気が付いた。
 妹がいないことも、隣の部屋が物置なことも。今日の夕方の変な体験も。
 すると、トイレの中から返事があった。
「はぁい」
 声は野太く、低い。明らかに普段のAくんの声だ。
「うわっ」
 思わず、自分の部屋ではなく、その女が出てきた物置の方に逃げ込んでしまったのだという。出ようと思ったのだが、トイレの扉が開いて、何かが出てくる音がした。そうすると、この狭い部屋で籠城するしかない。
 比較的軽い体重の足音は、パタパタと階下に降りて行ったという。
 それでも扉を開けるのが怖くて、扉につっかえ棒などをして、頑張るうちにそこで寝入ってしまった。
 朝起きたら、体のあちこちが痛む。板の間で寝入ってしまったのだから当たり前だ。しかも、深夜の恐怖もぶり返してきた。
 おそるおそるつっかえ棒を取って、階下に降りると、家族はもう普通の様子で朝の支度をはじめていた。二階のトイレを見てみても何の痕跡も残っていない。
 Aくんの父親は、朝が早い人だった。5時には目を覚まし、コーヒーを入れる準備をして新聞を隅から隅まで眺める。そんな習慣があった。そんな父が声を潜めてAくんに聞く。
「お前、明け方こっそり俺たちの様子を見に来ただろ」
「えっ!」
 物置部屋に居たのだから、そんなわけがない。
「寝室に来て、こっそり眺めるからどうしたんだと思ったんだが、あれだろ、一階のリビングでアダルトビデオでも見ようと思ったんだろ」
 父親は、眼が悪く、眼鏡をかけていないので扉を開けて、夫婦の寝室をのぞき込んでいる人物が誰かは見えてはいなかったようだ。しかし、3人家族の自分と妻以外の3人目が覗いているのだから、息子だと自動的に判別したようだ。
「な、母さんには黙っておいてやるから」
「見てないよ」
「いや、でもその後居間から、ざわざわ音が聞こえたけどな」
「とにかく降りてないんだ」
「へ~。夢でも見たのかな。でも、何人かの人の声が聞こえたんだがな。父さんは、お前がそんなビデオを見ても……」
 話の途中で、背を向けた。
 しかし、居間でざわざわしていたのは誰なのか。

 その日も、平日だったので学校へ行く。
 前日電話がかかってきていたこともあって、すこし気味が悪い。だから、始業ギリギリ着くように調整した。
 それでも学校に着くと、昨日ドッキリを頼んできたクラスメートが済まなさそうに声を掛けてきた。
「昨日、あの後結構長く待ったんじゃないか」
 聞くと、Bくんをドッキリに掛けようとあの手この手で話をしたのだが、どうしても話を聞く耳を持たず、しまいには、窓から飛び降りるとまで言い出したのだそうだ。
 あまりのごねっぷりに、皆で帰ったのだそうだが、帰った後で、残してきたAくんに思い当たったのだという。
「だからごめんな。何時まで待ってた?」
『えー! 怖い!』
 内心大いに驚いたものの、「少し待ったけど、来ないからすぐに帰ったから大丈夫だよ」と答えた。とても、昨日の状況を説明する気にはなれなかったという。
 すると、申し訳なく思ったのか、クラスメートどころか、Bまでも、「俺が根性無くてごめんな」とパンとジュースをおごってくれたのだという。
 当然、あの日誰も電話をしてきていないという。
 食費は浮いたものの、全くうれしくはない。
 だから、「花子さん」は本当なんだと思って調べてみると、Aくんの通う学校に花子さんの噂はなかった。しかし、大昔に旧校舎で女子学生が一人亡くなっていたことが判明したのだという。
 結局Aくんの中でその子の霊が、イタズラをしたのではないか、という結論になったそうだ。Aくんの家の居間には、自殺した子と、偽物のクラスメート達がいたのか。

 人は、実際に奇妙なことが起こっていても、なかなか気が付かないものなのだ。夢うつつであったとしても。
                           〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第十三夜(2023年9月30日配信)
17:55〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

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