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【禍話リライト】期日の烏

 何かの予兆だったのではないか、という話は多い。蛍だったり、蛾だったり、読経だったり、光球だったり。

 この話は、関西在住のA子さんが子どもの頃の話。

【期日のカラス

 今から20数年ほど前、まだ平成がひとケタだったころ、A子さんの家のほど近くに「ろくでなし」が住んでいる家があった。

 大きな道沿いに立つその豪邸の主は、親の遺産を食いつぶしながら生きている、文字通りのごくつぶしだった。年の頃は40~50くらい、定職にもつかず、パチンコ屋でうろうろして時間をつぶしたり、公園で寝たりするような男だった。

「あのおじさん何してる人なの」と親に問うと「あれはね、ろくでなしだよ」と言うほどで、長じて意味が分かっても、そうだなと納得するような人となりだったという。

 加えて、性格も悪かった。もともと金持ちだったからか居丈高でプライドが高く、自分より弱い子どもなどには横柄にふるまうような男だった。

 厄介なことに、その家はA子さんの通学路の途中だった。目を合わせたりすると大声で恫喝してくるので、1歳違いの妹と二人で、できるだけ足早に通り過ぎるようにしていた。

 ある日、その家の門扉から玄関に続く石の階段の途中に大きなカラスがいることに気が付いた。近くを歩くA子さんに反応するでもなく、静かにたたずんでいた。そこに生ごみもなく、風が吹いたら少し羽ばたくくらいでおとなしいものだった。

 1週間ほどして、今度は学校帰りにまたカラスを見つけた。気になったA子さんは、しげしげと眺めていたが、微動だにせず、件の家を見つめている。奇異に思ったものの家主に見つかるかもしれない恐怖とカラスへの興味との板挟みにあった。そうして妹と眺めていると、声をかけられた。

「何をしてるの? あんまり人の家を見たらあかんよ」

 そんな家の前でじっとしていた二人が気になったのだろう。通りかかった顔見知りの大学生だった。

「いや、でもお兄ちゃん、あそこにカラスが」

 簡潔に言うと、「本当だ。立派やね。八咫烏やたがらすみたいや」と返ってきた。

「ヤタガラスって?」

 初めて聞く言葉に疑問を投げかけると、「すごい力を持ったカラスや。そういう妖怪みたいなんがおるねん。大きいし、背筋もピンとしてるし」

 子どもながらに小さな回答をもらった気がして、家に帰り母親に「ろくでなしの家にヤタガラスおったで」と言っても「何アホなこと言うてんの」と全く相手にしてもらえなかった。

 しばらくして、また同じ場所でカラスを見ていると、扉が開いて件の家主が出てきた。家の前のA子姉妹を見て、「何人様の家の前でガンくれとんねん。何かおもろいことでもあるんか」と絡まれた。

 小学校の高学年とはいえ、「いえ、違うんです」と怖気づいてしまった。逃げようとすると、「バカにしとんのか」との大声に足がすくんでしまった。

 その声に反応して、近くの家の人が出てきた。

「また、こんな小さな子に大声出しおって」

 人が集まりかばってくれようとする。A子は申し訳なくなって、「あそこにカラスがいたから」と指さした。

 すると、半分くらいの人が「本当だ、立派なカラスやね」というにもかかわらず、当のろくでなしを含む半数が「どこにそんなのがおるんや」と騒然となった。

 結局、気の利いた人が「子どもに何を切れているんや」とその場を収めてくれた。そして、「あんまり関わり合いになったらあかんよ」ととりなしてくれる。

 それでも、その人自身「どこにいるん?」「何かの影をカラスと例えてるんか」と全く見えていない様子。

 一度場を収束させてもらったのに「ここにいる」と事を荒立てるのも嫌だったので、その場を離れたものの、子ども心に「あんなに大きい鳥がはっきりいるのに見えへんもんかな」と不思議だったという。

 一か月ほどたった折、大雨がA子さんの町を襲った。天気予報がまったく的外れで、傘を持って駅に父を迎えに行くことになった。姉妹でその家の前を通る。ちらりと視線をやると、いつもカラスがいる場所に、黒づくめの人が立っていた。夜とはいえ、家から漏れる明かりでその人がびしょ濡れなのが分かる。

 髪の毛が長い女性だ。背筋をピンと伸ばして家を見ている。その様子を見て、父の傘をもっていた妹が、「あの~これ、どうぞ」と声をかけた。その声は雨にかき消されたのか無視されたので、あわてて手を引っ張って駅の方に向かう。

「その傘、お父さんのでしょ」ととがめると、「そうか」と得心した様子。10メートルほど歩を進めたところで、二人で入っている傘の中に「この前はごめんなさいね」という声がはっきり響いた。

 あわてて傘を放り投げて周りを見回すも誰もいない。転がる柄をつかんで妹と近くの公園の東屋に駆け込んだ。大雨の中びしょ濡れだ。

「さっき、人の声、しなかった」とA子さんが問うと、妹の耳元でも同じ声がはっきり聞こえていたのだという。動転していたものの、駅で待つ父親のことを思い出し、慌てて向かった。

 二人の姿を見て父は「トラックに水でも掛けられたんか」と驚いたが、「雨の勢いがすごくて」とごまかした。今度は三人で今来た道を戻る。

 当然だが、ついさっき声が聞こえたところなので肝は冷えている。見てはいけないと思いつつ、家の前を通るときに視線をやると、そこには誰もいない。内心「よかった」と胸をなでおろすと、その態度に気付いた父が、「この家をしげしげと見たらあかん。こないだ騒ぎになったばっかりやろ」とたしなめた。

「いや、でもさっきびしょ濡れで女の人が立って……」

 説明をしかけると、父はそれを遮るように「でも、この家の人は親類縁者がおらへんから、そんな人おらんやろ。見間違えと違うか」と首をひねった。

 その晩、あまりに怖いので、妹と同じ布団で寝ることにした。おかしなもので、人のぬくもりがあると簡単に眠りに落ちた。

 そんな中夢を見た。

 自分と妹が傘をさしてあの家の前にいる。空は雲一つない快晴だ。すると突然「この前はごめんなさいね」と声をかけられた。驚いてそちらを向くと、夕方に見たと思しき黒髪の女性がこちらを向いて立っていた。腰をかがめて傘をのぞき込み視線を合わせるようにしている。服装は黒づくめだ。品の良い鼻筋に口には少し笑みをたたえている。

「うわ!」布団の上に起き上がるのは、妹と同時だった。あまりに怖いけれども、どうしてよいか分からないので、二人で掛布団だけ持って仏壇の前でうつらうつらと朝まで過ごした。

 翌朝、「あんたらどこで寝てるの」と起こされた。怖い夢を見たうえ、畳の上でぐっすり眠ることもできず、ぼんやりしていると、近くで救急車とパトカーのサイレンが響く。二階に駆け上がってベランダから眺めると、どうやら件の家で何かが起こったらしい。休みだった父も慌てて上がってくる。警察は、ブルーシートなどを用意して、ずいぶんと物々しい様子だ。「ちょっと見てくる」と家を出た父親は20分くらいで帰ってきて「どうも亡くなったらしいよ」とつぶやいた。

 しばらくして警察が訪ねてきて、父母に事情聴取するのが聞こえた。A子さんは「怖いな」「あの黒いお姉さんと何か関係があるんかな」と不安になったものの、それ以上は何もなく、その事件は終わった。


 10年ほどたって、A子さんが大学生になったときに、家族で食卓を囲んだ後、この話題が上った。「今では駐車場になっているあの場所で、人死にが出たんやったよね。救急隊員や警察ががいっぱい来て、あれ、なんやったん?」と問う。

 父は、「あれは大変やった。長い事ここに住んでいるけど、この町内でわけのわからん死に方をしたのはあの人くらいや」と思い出した様子。

「お酒は飲んでいたんは知っていたけど、あんなわけのわからへん死に方をしたのはなんやったんやろうな」と続ける。

「他殺やったん?」と問う。

「自殺は自殺やったんやけど……」父はそこまで言って口ごもった。

「ほら、あのとき、お前たちちょっとからまれてたりしたから伝えてへんかってんけど、あの人、警察に電話してな、住所と名前を言うて『今日が期日なので死にます』というのを繰り返すんやて。あわてて警察がその住所に行ったら、家の中で両目を細長いもんで突いて自殺してたんや」

 傷は、脳にまで達していたという。姉妹でドン引きしていると、父は、「まあ、元々おかしい奴っちゃからな、精神病んでたとか酒とか薬やってたんかもしれへん」そう言って手元の湯飲みを一口すすった。

 それで父は近所ということもあり事情を聴かれたのだという。このあたりはA子さんの記憶通り。

「お酒は飲んでたけど、あの人毎日飲んだくれてたから、珍しいことやないし。あと、警察の人に言われたんやけど」

 そこで、父はすこし呼吸を整えた。「玄関と勝手口に動物を飼っていたような跡があるんやけど、心当たりないかって」

「あんな生活で動物なんか飼えへんし、いたら気づくと思うけどねえ」とA子さんが返す。父は「そうやな」と頷いて続けた。

「警察も、黒い羽根がたくさん落ちていたから、カラスかなんか飼っていたんやないか、糞やエサの跡なんかはないけど、羽根だけやからよけい気持ち悪いですね、言うて。全然心当たりなかったから『知りません』て答えたけど」

 そこで、古い記憶が蘇り、妹と顔を見合わせた。

                              〈了〉

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出典


シン・禍話 第三十四夜 (2021年11月7日配信)

28:55頃~


※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/706750064

25:00〜

禍話 簡易まとめWiki
https://wikiwiki.jp/magabanasi/


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