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【禍話リライト】帰ってきた記憶
怪談を集めるときに、「何か怖い話はありませんか」と聞いてもなかなか「実は……」と帰ってくることは少ない。しかし、「子どもの時に不思議な体験をしませんでしたか?」と問うと、意外に答えが返ってくることがある。ということを、禍話レギュラーの余寒さんが書かれていたことがあったような気がする。
しかし、未分化な子どもの体験とはいえ、今から掘り返さないほうがいい話もある。たとえその場に一緒にいた人が存命でも、「あの時ってどうだったのかなぁ」と聞き直さないほうがいいことも。
【帰ってきた記憶】
Aさんが何かの拍子に、「子どもの頃の記憶ってわけわかんないものもあるよね」とラジオか何かで聞いて、ふと当時の情景が戻ってきたことがあった。
現在40代半ばのAさんが小学生に上がる前の頃というから、昭和もまだ50年代の話。当時Aさんは二つ下の弟のBさんと二階の子ども部屋で寝ていた。
ある晩、弟に起こされた。Bさんは怖がりで、夜中のトイレに起こされることは日常茶飯事だったので、特段気にせずに付き合ってあげていたのだそうだ。
電気も点けない闇の中で、「トイレか?」と聞くと、首を横に振る。
「お兄ちゃん、こんな時間に誰か掃除しているよ」
夏の夜半のこと、今ほど冷房器具が普及しているわけでもなく、窓や扉を開け放して、家の中に風を取り込んでいた。その開けっ放しの家の中で、確かにスーッスーッと何かを掃いているような音がする。しかし、母親は掃除機を使うので、ほうきが家にあったような記憶はない。あくまで、テレビなどで見るイメージの話だ。
「ほんとだ。音がするね」
弟に答え、さらに様子をうかがう。音は、階下を行ったり来たりを繰り返している。やはり誰かがこんな夜中にほうきをかけているのだろうか。しばらくすると、その音が階段を上がってきた。小学校入学前とはいえ、それがもはや掃除の音でないことはわかっていた。しばらくすると、誰かがゆっくりとした足取りで布か何かを引きずりながら歩を進めていることがわかった。
さらに耳を澄ます。階段は途中で踊り場があり、その向きを変えている。音の源がそこまで来たときに分かった。濡れた何か、重くも軽くもないものを引っ張っているのだ。足音は鮮明に聞こえているが、感じられる足取りや体重は、父でも母でも、同居している祖父でも祖母のものでもない。「誰?」子どもごころに恐怖心が高まる。足音はその後も続き、部屋に入ってきた。
Aさんの記憶はここまで。その後どうなったのか、入ってきたのは誰だったのか、全く覚えていない。夢なのかとも思ったが、翌朝、弟と「怖かったね」と話したようなおぼろげな思い出もある。しかも、それはその日一日だけだったように思える。
勘違いや、集団ヒステリーの類かと、気にせずにほうっておいたのだという。確かに、過去の話で、どうでもいい部類に属する。
近年になって、祖母の回忌のことで、弟に連絡することがあった。AさんもBさんもそれぞれ家庭を持って、実家からは出てそれぞれの暮らしをたてている。その時に、ふとこのことを思い出し、「どうでもいいことなんだけど、昔こんなことがあったような気がするんだけど。幼稚園の時だったかな……」と告げた。
弟の答えはそっけないもので、「知らないけど、それ、兄貴の見た夢なんじゃないの」と言われた。「そうか、どうでもいい話をしてすまなかった。それで法要のことなんだけど……」と話を進めた。
それから半年ほどたった休日。Bさんの自宅から、Aさん宅の固定電話に呼び出しがあった。付き合いも深い兄弟なので、登録している番号と名前がディスプレイに浮かび上がっている。
休日の昼のこと。子機でとると、電話の向こうの弟の声はいらだっている。「何かしたかな」と記憶をたどるも思い当たることはない。
「今、家に帰ってきたんだけど、知らない人が二階で死んでいるんだよ。これ、前に兄貴が電話で話したせいじゃないの」
という。頭の中は疑問符だらけだ。しかし、同時に強い違和感も感じている。詳細を問う。
「だから、家に帰ってきたら廊下が水でびちゃびちゃに濡れていて、その跡を辿ると、階段を上ったところの部屋で知らない男が死んでいるんだよ。これ、あんたのせいでしょ」
声は相変わらずいらだったままだが、詰問するような口調で同じようなことをいう。Aさんの「何故?」との問いに、「ちょっと前に電話で夢か現か分からない話をしたじゃないか」との返事。
「同じような状況でしょ、これ、兄貴のせいなんじゃないの」
万が一そうだとしても、家で知らない人が死んでいるのなら、やらなくてはならないことがほかに山ほどあるのではないか。そう考えたときに、電話を取った時からくすぶっていた違和感の正体に気が付いた。今日、弟夫婦とその子どもは、結構離れた温泉付きの遊園地へ家族旅行へ出かけているのだ。現に昨日、楽し気な様子の写真が親族内のSNSにアップされていた。急遽もどってきたのだろうか。さらに混乱が進む。
「おまえさ、子ども連れてテーマパークみたいなところに家族旅行に出かけてたんじゃなかったっけ。一人だけ帰ってきたのか?」
Aさんは混乱した頭で問う。
「そういうこと言ってる場合じゃないでしょ。兄さんのせいでさ、知らない人が二階で死んでいるんだよ。しかも、前に電話で話したような状況で。これ、兄貴のせいでしょ」
批難がましい口調は変わらない。
「いや、違うと思うよ。それはそうとして、その男性が生きているかどうか確認して、警察なり救急車なり呼んだ方がいいんじゃないの」
しかし、Bさんはその問いには答えない。
「違うよ、兄貴のせいでしょ。まずは、それを認めてよ」
「旅行を中断して帰る用事があったのか、そこをとりあえず確認させてくれないか。昨日から今日の間に何かあったの?」
前日にSNSも見たし、「楽しそうだね」と書き込んだAさんの反応に、うれし気な回答があったのだ。しかし、その問いには答えずに続ける。
「だから、家の中が濡れていて、いや、これ水じゃないな。明かりをつけたら、色がついてるよ」
「そういうことじゃないから。いったんそのことは置いておいて、警察を呼ぼう」
しかし、Bさんも意固地になって「まずは兄貴が認めるところからだろ」と譲らない。相手が何をそんなにムキになっているのか、また分かりにくい内容を理解しようと、耳をそばだてるうちに気が付いた。
Bさんのそばに、誰かいる。
ぼそぼそ何か言っている「〇〇したら、〇〇したら」とか細い声がとぎれとぎれに通話の間に交じりこんでくるのだ。まるで弟の後ろに誰かいて、指示をしているようなイメージを持ったのだという。
そこで、意を決して聞いた。
「お前、誰かと一緒にいるの?」
「え、まぁ一人じゃないけど」
返事があったことが、さらにAさんを不安にさせる。
「今、誰といるの?」
重ねての質問に、弟は受話器を覆い、誰かと会話しているようだ。
「はい? はい? そうですか。じゃあ兄貴、変わるわ」
「いや、変わらなくても……」
言い終わる前に受話器の向こうの全然知らない男の人が、こう口にした。
「認めてあげたらいいじゃないですか。それで満足するんだから」
あまりの恐ろしさに思わず電話を切ってしまった。頭の中では「誰? 誰?」という疑問がぐるぐると渦巻いている。しかし、そのうちに、古い記憶が思い当たった。
この男の声を知っている。
真っ暗な部屋の中で抱き合って震えているAさんとBさんの前にヌッと顔を出し、何か話しかけてきた、その人の声だと思い当たった。内容は覚えていないものの、それは弟に電話で話した40年近く前のあの夜のこと。しかし、声の感触から全く年を取っておらず、強い違和感がしこりのように残る。
かなり逡巡したものの、かかってきた番号にかけ直してみる。しかし、何コールかすると留守番電話に代わってしまう。子機を置いて、少し考え、Bさんの奥さんの携帯電話に連絡を入れてみることにした(さすがに、直接Bさんに電話するのは怖かったのだそうだ)。
すると、数コールで、「もしもし、あぁどうもお兄さん。いつもお世話になっております」。平時の通りの受け答えだ。
「あの……。今どうですか?」と間の抜けた質問をする。
「ちょうど、昨日SNSにあげたようにC県のテーマパークで遊んでいるんですよ。コメントもくださいましたね。ありがとうございます。すっかり楽しんじゃって。今、Bは子どもに付き合って動きの激しいアトラクションに乗って、ひどい乗り物酔いをしているんですよ」
明るい答えに、胸をなでおろす。
「Bは、そこに、いるんですね?」
「ええ、もちろん一緒です。ちょっとダウンしてますけど。代わりますか?」
「いえ、結構です。ありがとうございます」
そつなく電話を切るものの、それでは固定電話からかけてきたのは誰なのか。声は間違いなく40数年聞き続けた弟の声だ。休日の昼のことだが、もちろん酒を飲んでなどいないし、そういった持病も持っていない。おそるおそる固定電話の通話履歴を見ると、通話にそれなりの時間を費やしたことが液晶のディスプレーに残されている。
Aさんの奥さんは所用で外に出ている。家の中には一人だ。外の明るさに比して電気をつけていない屋内が薄暗く感じられ、無性に怖くなってきた。何の用事もないが、外に出た。そのまま吸い寄せられるように、大きな音が出ているパチンコ屋に足を向けた。その方が安心できたのだという。Aさんは、普段パチンコなどしないが、人がたくさんいて、大音量に包まれることで、恐怖をどうにかいなしたいと思ったのだそうだ。
待合のような場所で、音の聞こえない大画面のテレビに目をやりながら頭の中は先ほどあったことがどういうことなのか、合理的な解釈をめぐってぐるぐると回り続けていた。
しばらくして少し落ち着いて時計を見ると、夕刻に差し迫る時間で意外に長い時間をその店で過ごしていたのだという。おそるおそる家に帰ると、妻は帰宅しており、夕食の支度をしていた。
「あなたどこに行っていたの?」
「いや、あのパチンコ……」
「パチンコなんかしたっけ」
「しないけど、なんとなく」
一緒に夕食の準備を進めながら、そんな会話を交わす。間隙を縫って、固定電話を再度確認すると、通話記録がなかった。もしかして自分の妄想や幻覚だったのか、と少しほっとした。それはそれで問題もあるだろうが、当面の大きな恐怖に合理的な説明は下せる。ディスプレイを見ながら胸をなでおろしていると、奥さんが料理の手を止めずにつぶやいた。
「電話の着信記録、消しといたから」
もちろん、Aさんの奥さんにそんな癖はない。他の通話記録も残りっぱなしだ。質問をしてものらりくらりとかわすだけで、芯を食った答えは返ってこなかった。しかし、断片の情報だが、留守番電話が残されていて、それとともに、着信記録を消したのだということのみ分かったのだという。内容は、しつこく何度聞いても教えてはもらえなかったのだそうだ。もちろん、Aさんは、昔の記憶の話を奥さんにしたことはないという。
この話の最後に、「昔の記憶に執着しても、いいことなんか、何にもないですよ。パンドラの箱を開くことも……」とAさんはこの話を締めくくった。
〈了〉
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出典
シン・禍話 第四十三夜 (2022年1月22日配信)
50:05〜
※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
50:05~
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