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【禍話リライト】甘味さん譚「椅子の廃墟」

 禍話のレギュラーメンバーに、甘味さんという女性がいる。甘いものを持って廃墟に赴き、そこで一泊するのが趣味という方なのだそうだ。
 過去に何十話も鳥肌を呼ぶような話をかあなっきさんに提供されている。
 廃墟モノの怖さの肝は、霊的なものも、人怖も両方起こりうるところだと思う。だから、怖いことが起こるのは夜だけとは限らない。これはその中の一つ。

【甘味さん譚「椅子の廃墟」】

 九州のとある県の話。

 幹線道路の関係で、開発に着手されたものの、のちに近くにさらに便利な道ができてしまって廃れてしまう、ということは地方だと珍しくはない。
 それまで国道だったのに県道に格下げされたりとか、高速道路のインターができて車の流れが変わったりだとか。
 最初の幹線道だったときは、多少辺鄙な場所であっても、「ここしかないんだろう」とばかり強引にマンションなどの誘致を進め、突然上記の例のような目に遭って、廃墟と化す。
 そんな集合住宅跡があった。
 扉も入れられておらず、開発の途中で業者が手を引いたのではないか、そんな噂もちらほらと聞かれていたという。

 その廃墟に夜な夜な子どもが現れるという噂が流れた。子どもと言っても高校生などではない。小学生や未就学児などの年齢なのだという。すでに、この周辺は廃れてしまっているので夜中に、その年齢の子たちがいるはずもない。
 ある晩電柱の保守で遅くなった人が、その辺りを通った。すると車の前を何人もの子どもがよぎる姿をはっきり見た。危なく思った彼は、警察に連絡したものの、駆けつけた警察はそんな子どもの姿を見つけられない。そんな話がまことしやかに流れていた。
 しかし、この場所で子どもを含めた人が大勢亡くなったという記録や記事は見当たらない。そこで、甘味さんは次回の廃墟探索の候補地に決めた。

 現地に1人で行ってみると、先客がいた。確かに、噂が耳に入るくらいだから他の人が訪れていても不思議ではない。しかも先客は、ノリノリの女性と運転手らしき男性、さらにその友人の男性と3人で来ている。いずれも大学生くらいの年恰好。
 内心、先客が騒いだんじゃ怪異も起こらないと憤慨するものの、下見も兼ねて訪れているのでまだ周りは明るく、軽い気持ちで遊びに来る若者がいても不思議ではない。
 無視するわけにもいかず、簡単に挨拶をすると、向こうの男性Aが粘着質でうっとおしい。曰く「女性一人で!」「遅くまでこんなところにいるつもりですか?」等々。善意なのは分かるが、廃墟探訪にその手の倫理観を持ち込まれても、クソの役にも立たない。
 早々に距離を取り、別々に探索することにした。
 しかし、荷物どころか備品や建具の類は置いていない。さらに、奥の建物に行くと、あきらかに作りかけで床もない棟があるなど、放棄されたという話の信ぴょう性は増すばかりだった。
 しかし、甘味さんのアンテナに引っかかるようなことはなかった。
『ここに泊っても、何も起こらないかもね』
 あらかた見終わって、外へ出ようと階段を降りようとした時に、先ほどの3人組と鉢合わせた。男Aが声をかける。
「僕らもうそろそろ帰りますけど」
 内心、そんな報告はいらないなと思いつつ、「そうですか」と最低限の社交辞令で返そうと思っていると、「おいっ!」控えている男BがAを呼ぶ。差し迫った声にそちらを見ると、一緒にいる女性の足腰が立たないようだ。
『何も起こってないのに?』
 駆け寄るAの姿を見ていると、芯の抜けた人形のように確かに女性の足元はおぼつかない。二人して車に運ぼうとしているのだが、二人とも相当に華奢な体形で、背負うのも危なっかしい。女性は別に普通の体格なのだが、全然うまくいっていない。
 見るに見かねて、手伝うことになった。女性を運ぶのに女性の手があった方がいいかとの思いもある。
 おぶわれた女性も「すみません。さっきまで何ともなかったし、過去にこんなことなかったんですけど」と恐縮している。
 不思議なことに、そうやって階下を目指して進んでいると、突然恐怖が心を占めた。
 理由はない。
 音も鳴っていないし、吹き抜けの外階段から見える景色は陽もまだ沈んでおらず、普通の山里の夕方である。
 しかし、後ろの女性も「私、なんだか怖くなってきました」という。
 背中に女性、両脇に男性がいて先ほどまでの一人ではない。男性陣は相変わらず頼りにはならず、言葉をかけてくるだけだが怖いことは何一つ起きていない。
 そうこうしながらも、何とか1階までたどり着いた。
「ありがとうございます。もしかしたら歩けるかも」
 背中の女性を下ろすと、生まれたての鹿のようにおぼつかないながらも、何とか足を進めることはできるようだ。
「歩ける?」
「大丈夫そうです。でも突然動けなくなって、建物を出たら歩けるようになるって言うのが怖い」
「無理しないで、早く帰った方がいいよ」
 頼りない男どもを見据えながら言う。
「私は、もうちょっと中を見てから帰るけど……」
 言い終わるか言い終わらないかのタイミングで、
「ガタン!」
ーーと大きな音がした。椅子が倒れるような音に聞こえた。今まで、自分たちがいた建物の中からだ。4人の視線が、今出てきたばかりの建物に集まる。
 作りかけの建物の中に、椅子や机はもちろん、建具もないのにどうしてそんな音が聞こえるのか。
「椅子が倒れたような音がしたけどね」
「僕もそう思いました」
 甘味さんの言葉に、他の三人が頷く。全員、直感的に「椅子が倒れた」と思ったのだそうだ。もちろん何の根拠もない。強いて言うなら音の質や大きさだ。
「どこかに椅子なんかあったかな?」
「いや、見た範囲では見当たらなかったですね」
「ちょっと見てこようか」
 甘味さんが、今降りてきた階段に足をかけて数段上ったところで、クラっと貧血のような感覚を覚えた。
『これ良くないんじゃない』
 階段の途中で突然足を止めた甘味さんの姿を見た男性陣は、貧血ではなく、怖気づいたのだと思ったようだ。
「大体見当がついてるんで、僕ら見てきますよ」
 手すりにもたれる甘味さんを尻目に、男性2人が階段を上っていく。先ほどまで歩けなかった女性を置いて見に行くのはどうかと思うが、こんなところまで来るほどなのだから、そういう怪異を楽しんでいるのだろう。
「大丈夫ですか?」
 さきほどの女性が、階段の下から声をかけてきた。
「ああ、大丈夫です。立ち眩みなんてあまりしないんですけど」
 会話をしていると、遠くの方から男性の「おふっ」という声が聞こえた。
 とたんに、遠くから勢いのいい足音が近づいてきた。
 ひどい話で、女性二人が錆びた階段の端にいるのに、男性AとBは車に向かってその横を一目散に駆抜けていく。
 このままだと、置き去りにしていってしまいそうなので、車に乗り込む前に大声で呼びかける。
「ちょっと待って! 待ちなさい」
 幸い、発進は思いとどまっていたが、2人とも顔は蒼白だ。
「女の子をちゃんと乗せてから帰りなさいよ。私が言わなかったら出てたんじゃないの」
 ハンドブレーキを外して、今にも出そうになっているのを押しとどめて聞いた。
「私は自分で帰るからいいけど、何があったの?」
 慌てているのと、ショック状態なのでなかなか要領をつかめなかったが、要約するとこうなのだという。
 大体音がしたと思しき場所へと足を向ける。そのフロアに上がり、数歩進んだところで、一番手前の部屋から椅子を抱えた男性が出てきた。もちろん、さっきざっと見回った時には4人以外の人影などなかったし、椅子など一脚たりともない。
 そして、
「ああ、もう終わっちゃいましたよ」
と言う。
 そのセリフを聞いたときに思わず「おふっ」と発して、慌てて逃げてきたのだという。

「じゃあ僕らは、帰りますんで」
 運転手の男性は、一刻も早くここを去りたそうだ。
 慌ただしく去っていく車のテールランプを見ながら甘味さんは「乗せてもらえばよかったかな」とつぶやく。
 そんな男性が隠れる場所などあっただろうか。振り返ってみても、心当たりはない。というか、いなかったと断言できる。
 逆に、椅子を持って息を殺して隠れている男性というのがいたとして、それはそれでかなり異常だ。
 「終わった・・・・」というのは何が終わったのか。得心できない。
 もう一回行って、階段で立ち眩みをしなければ見てみよう。自分の中でルールを定めて向かう。
 この階だろうと思しき場所を見て、きびすを返したという。
 最寄りの駅について、駅員に聞くと、甘味さんの住む駅への電車は終わっていたという。かわりに、近くに温泉が充実したビジネスホテルがあると勧められた。

 ここまで聞いて、かあなっきさんは甘味さんに聞いた。
「何で踵を返したの?」
「え、階段を上がった廊下に、椅子だけぽつんと置いてあったからよ」
 後に調べたが、ここでの死亡事故などの記事や記録は見つけられなかったという。
「仮に、ここで人が一人自殺していたとしても新聞には載らないんじゃないかしらね。多分」
 不穏なことを言う。さらに続けた。
「『終わりましたよ』というのは、決まった時間にそこで誰かが首をつっているんじゃないかなと思う。椅子が倒れたのはその音じゃないかと」

                          〈了〉

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出典

元祖!禍話 第31夜(2022年12月3日配信)

05:10〜

元祖!禍話 第三十一夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/752972303

※本記事誰も隠れておらず、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。


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