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【禍話リライト】かしげ女

 異形を見たという体験は多い。
 その姿がどことなくおかしいということも。
 ふつうは、そのおかしさの源泉は分からないものだが、「こうではないか」という推測が成り立つこともある。
 これは、そういう話。

【かしげ女】

 田舎の方に行くと、まだ水洗が行き渡っておらず、激臭がするトイレがある。そんなトイレにはご注意を。


 令和もコロナが蔓延した後の話だというから最近のこと。夏休みに大学3年生のAさんが実家へ帰った折、山裾の大きな公園への引率を母親へ頼まれた。大人の人数が足りていないのだという。公共交通を使って赴くため、人手が必要なのだそうだ。

 感染防止のため、少人数に分けた近所の子供たちを引率して向かった先は、控えめに言ってただっぴろい空き地だった。しばらく時間がたつと、子どもたちが口々に「トイレ臭え」「鼻が曲がりそうだ」「外でしようか」などと言っていることに気が付いた。
 目をやると、隅に小さなトイレが備え付けられている。

 しばらくして尿意を催したAさんがトイレに行くと、確かに古い造りだった。申し訳程度に掃除はされているものの、匂いが染みついているかのように黄ばんだ壁だ。加えて、目に染みるようなアンモニア臭が充満している。
 当然そんなトイレだから換気施設などはなく、下半分が外に向けて開くような古い窓が備え付けられているのみだった。
 換気が気になって見るとはなしに、そちらに目をやると、人が立っていた。最初は、一緒に来ていた引率の同年代の男性が冗談でやっているのかと思ったそうだ。
「ちょっとやめろ……」
 言いかけてよく見ると、人影は女性だった。引率の大人の中にそのような年恰好の人はいない。他に、自分たちのグループ以外の人は見当たらなかったため、「地元の人かな」くらいの認識だったという。
 目をそらして、用を足し、手洗い場に向かう。そこから、ちらりと視線をやると、まだこちらを見ていた。その時に気が付いたのだが、女性の首が右に曲がっている。まるで首をかしげているかのようだった。
 気になって何度も振り返りながらゲームをしている子供たちの集団へと戻ると、引率者の一人が「トイレに何かあったの?」と聞く。
「ここ、私たち以外来てましたっけ?」
「いや、来てないよ」
 何度もこのイベントで子供たちを引率する立場の人で、この場所をよく知っている人らしい。
「トイレの後ろに、道かなんかありますか」
「いやー、そんなものはないと思うよ」
との答えが返ってくる。
 しばらくして、別の機会にトイレの裏手に回ってみたのだが、人はいることができるものの、道と言えるほどの状態ではなく、そこに立つためには、入口の前を通らなければ向かえないような立地だったという。Aさんは内心「気持ち悪いな」「嫌だな」と凹んでいたものの、何とか帰る時間が来た。
 停留所でなかなか来ないバスを待ち、ようやく来たオンボロに子供たちを乗せた。確認の意味でバス停を振り返ると、その女性が座って、こちらを眺めている。しかも、先ほどと同じように右に首をかしげている。
 声には出さないものの「ええっ!」と思い、視線を下に向けていると、他の引率の大人たちが「大丈夫?」「酔ったの?」「日射病か?」などと心配してくれた。
「いま、バス停に人がいませんでしたか?」
 質問に質問で返すと、そちらを見やって「いや、誰もいないよ。そもそもあそこに来ているの俺たちだけだったし」と言われた。
「そうでなきゃ、こんなに騒ぐ子供たちを放っておかないでしょ」とも。
 納得できないまま、重い気持ちで実家に帰りついた。

 テンションが低いままの帰宅に、家族は「無理矢理行かせたから嫌だったのか」と思ったらしく、かいがいしく世話を焼いてくれた。
「やっぱり子供たちの相手は嫌だったの?」
 食後にリビングで母親に聞かれたが、首を横に振る。
「それよりも、あそこの公園、人なんか死んでないよね」
「あんなところで、亡くなるわけない」
とにべもない。さらに続けて「そもそも、人死にが出てるような場所に子供を行かせるわけないでしょ」と言われた。確かにその通りだ。納得しかかると、話を聞いていた祖母が言い添えた。
「でも、あの公園の横に地元の人しか知らない道があって、そこから入る山で人死にがないと言えば嘘になるけどね」
 ここに長く住む年長者の言葉は重かった。
 この言葉を聞いたときに、真っ先にトイレの裏を通って山へ向かう姿が想像できたという。

 食後、相変わらず低いテンションのままだったAさんに、高校生の弟が「兄貴どうしたの?」と心配してくれた。
 訳を話すと、いつもなら「気のせいだよ」「勘違いじゃないの」と言ってくれる弟が、「それはまずいかもな」と顔を曇らせた。
「お前、何か知ってるのか?」と聞く。
「いや、そういうわけじゃないけど何となく」
 一番嫌な返答だ。しばらくの沈黙ののち、こう切り出した。
「こんな大人になって気持ち悪いけど、今晩は俺の部屋で一緒に寝てもいいよ」
 弟の返しが微妙だったから、さらに嫌な気持になっているのにと思いつつも、申し出に甘えることにした。
 枕を並べて、「何年ぶりかなぁ」などと他愛もない会話をしているうちに眠りに落ちた。

 どれほど経ったのか、右手を小突いてくるものがいる。テンションが上がった弟かと思い目を開けないまま「何だよ、やめろよ」と言うもやめる気配がない。無理矢理目をあけてそちらを見ると、弟ではなく、昼間の女が寝ていた。
「うわっ!」
 身を起こすと、女はうれしそうな顔をして一言こう口にした。
「思い出した」
 そのまま気を失ってしまったという。

「兄貴、兄貴! 大丈夫か」
との声に目を覚ますと、朝になっていた。布団の上ではなく、本棚に立って寄りかかりながらぶつぶつとつぶやいていたという。
「『知らない、知らない』って言ってたよ」
「今、この部屋に誰かいなかったか」
「いないよ、いるわけないでしょ」
 気持ち悪そうに弟は答えたという。

 話をし終えたAさんはこう言う。
「だからね、かぁなっきさん、あの女の首は折れてたんじゃないんです、ずっと小首をかしげて何かを考えていたんですよ」

 その後、身の回りでも実家でも変わったことは起こらなかったという。

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出典

元祖!禍話 第二夜(2022年4月30日配信)

17:10〜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/730100876


※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

禍話 簡易まとめWiki
https://wikiwiki.jp/magabanasi

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