【禍話リライト】忘却のカフェ
怪談というと、恐ろしい話ばかりのように思われるが、不思議な話や、心温まる話などバリエーションに富む。以前に怖くない(かもしれない)話についてリライトさせていただいたこともある。
これはそんな短い不思議な話。
【忘却のカフェ】
Aさんは、東京で浪人をして、大学に入り、大学院まで進んだので、都内のある町に7、8年住んでいたという。
その間、とあるカフェに通っていた。
値段も良心的で、若者が通う店だったが、大通りに面しているわけではなく、知る人ぞ知るというような位置づけだった。
Aさんはとてもこの店を気に入っていて、一人で通っていたそうだ。
もちろん、常連とまではいわないが、マスターにも顔を覚えてもらっていて、かなり親しい関係となった。
就職して、その町を離れたものの、都内に住みながら数年が経った。久しぶりに学生時代の仲間と会う機会があり、この店が話題になった。そんな中、友人に聞かれた。
「で、その店のおススメは何ですか?」
「それはお前……」
そこまで言いかけて、気が付いた。店のメニューを覚えていない。
その場はお茶を濁して、済ませた。
しばらくして、近くを通ることがあったので、久々に寄ってみた。少し年老いたマスターは、「久しぶり」と言いながらにこやかに迎えてくれた。
「あの、いつもの」
「はい、アレね」
マスターは、飲み物を出してくれた。
ーーのだが、それが何か思い出せない。喫茶店の看板商品なのだから、選択肢はそれほど多くはないとは思うのだが、家に帰ると思い出せないのだ。
それ以外のこと、例えば最寄りの駅からの道順、店構え、マスターの顔、店内を流れる音楽、午後に差し込む光の角度……そんなことはとてもよく覚えている。
『何で!?』
記憶障害かとも思ったが、その飲み物以外はクリアに覚えている。
友人に相談すると、「毎回飲み物を飲むたびにトラウマになるほどの味で、ショックで忘れてるんじゃないか」と言われた。
しかし、喫茶店の看板メニューのこと。
友人は言う。
「極論を言えばコーヒーか紅茶の二択でしょ」
「それが、全く覚えてないんだよ。大きく言えばどっちかだとは思うんだけどねぇ」
一人でしか行ってないから証言する人はいない。
こんな気持ちの悪い話があるのか、とも思う。どことなく、座りが悪い。
ただ、何故か分からないが、Aさんが皆で行く機会は学生時代も今もないのだという。だから、今もって確認ができない。
そんなことがあるのだ。
〈了〉
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出典
禍話フロムビヨンド 第11夜(2024年9月21日配信)
21:45〜
※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
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