【禍話リライト】彼氏と誰か
虫の知らせにまつわる話は多い。しかし、虫の知らせの多くは、受け取った時に、それが何を示しているのか、どういう意味なのかは分からないことがある。
これはある女性に訪れた、彼氏にまつわる徴の話。
【彼氏と誰か】
現在30代半ばのA子さんは、大学時代からずっと付き合っている彼氏がいたという。卒業して、互いに就職し、毎週末に会うような関係の中で、何となく「この人と結婚するんだろうな」と思っていたのだそうだ。
職場も職種も、全然違ったが、互いの家を行き来していて家族ぐるみの付き合いだった。
半年ほど前のある木曜の夜、ベッドで眠りについたA子さんはぼそぼそする人の声で目が覚めた。『テレビか、パソコン点けっぱなしだったかな』と記憶を探る。かなり深い時刻だ。覚醒するにつれ、肉声が部屋の中でしていることに気が付いた。
体を起こすと、玄関の扉からこの部屋までの短い廊下に面した扉が少し開いており、声はそちらからしている。
風か何かで、開きかけの扉がさらに開いた。
廊下に、彼氏の姿があった。
ユニットバスの中へ何か声をかけている。
『えっ! 会うのは日曜の予定だったはずなんだけど』
真っ暗な部屋の中で考える。
もちろん、互いの一人暮らしの部屋のカギは持っているので、入ってくること自体は可能だ。しかし、チェーンをかけた記憶はおぼろげながらあるような気もする。寝起きの回らない頭でそこまで考えた。
すると、風呂場にいる(だろう)誰かに彼氏が声をかけた。
「¥¥%$??#%&!」
何を言っているのか分からない。一瞬、彼も寝ぼけているのかと思ったものの、口調はどうやら怒っているように聞こえる。内容は全く分からないが声がくぐもっている感じだ。
「!#$%&¥¥$#!%&$」
あいかわらず、風呂場の中からのリアクションはない。
ぼんやりしていると、徐々に頭がさえてきた。
『あいつ、今日こんなところにいるはずがないわ。寝る前に、お休みの挨拶がLINEで来てた……』
数メートル先の話で、目も覚めてきたのに、目の前で彼氏が話している意味が分からない。それでも、怒気をはらんだ声で、変わらず風呂場に向かって何かを叫んでいる。
それでも、合理的な答えを求めて、自身がチェーンロックをかけ忘れて、合鍵で入ってきた彼氏が寝ぼけている、という可能性も考えたが、あまりに現実的でない。
考えれば考えるだけ、怖くなってきた。そもそも、真夜中の真っ暗な中でのことなのだ。
『本当に彼かな?』
と思うものの、声質も、体格も、雰囲気もまさに彼氏のものだ。A子さんは目はいい方で、暗闇の中でもきちんと見分けられていたという。
そんな中、真っ暗なバスルームから返事があった。
「#$%&¥=じゃん」
という短い返答だ。くぐもってはっきりはしないが、語尾は何とか聞き取れたような気がした。声は女性のもののように思われた。その返答があった瞬間に、それまで怒声を浴びせていた彼氏は、声を上げるのをやめて、ユニットバスへと入っていった。
そして、風呂場の扉が閉まる音が聞こえた。
慌てて飛び起きたA子さんは、部屋の電気を点けた。もちろん、怖いからだ。そして、かなり逡巡したが、ノックをしてユニットバスの扉を開いたのだが、中には誰もいなかった。
「私、めちゃくちゃ疲れてる」
ぼそりと心の声が出た。
誰だって、こういう状況で合理的な正解を求められたらそう判断するだろう。翌日の仕事を休んで休養することも視野に、再度眠りについた。
翌朝起きると、何の問題もなかった。
部屋の様子もいつも通りで、体調も特に悪いことはない。もちろん、昨日はアルコールを一滴も口にしていない。
そのままいつも通り出社して、昼休みに彼氏に週末の予定についてLINEを送ったが、一向に既読にならない。普段なら、昼休み時間だから、すぐにつくはずなのに、ずっと未読のままだ。
結局、仕事が終わってから電話をかけてみたが、つながらなかった。
付き合いは長いので、何時頃に体が空くのかは大体分かっている。LINEで「落ち着いたら連絡ちょうだいね」と送っておいたものの、一向に連絡は来ない。今までなら、どれだけ忙しくとも「スマン」「後で」くらいの連絡はあったのだが。
だから、携帯電話の調子が悪いのだ、と結論付けた。
そのまま、自宅のワンルームマンションへと足を向ける。
エントランスで、たまたま隣人の女性に会った。少し年上で、何かと世話を焼いてくれる人だったので、挨拶をする。
すると、「昨日大丈夫でした?」と問いかけられた。
A子さんのマンションは、それほど壁が厚いわけではないため、大きな音なら聞こえてしまう。
「昨日、かなり遅い時間に、彼氏さんか誰かとけんかしてましたよね。実は、彼氏さんが一方的にひどいことを言うの聞こえてたんですよ」
「えっ!」
「ずっと泣いてらっしゃったから、大丈夫かなと心配で」
詳しく聞くと、まさに前夜A子さんが起きた時間そのままだ。たまたま、宵っ張りの隣人が大きな声に驚いて聞きに行ったら、先の罵詈雑言が聞こえたのだという。隣人にははっきりと言葉として聞こえたのだそうだ。
「前にお見かけしたときは、いい雰囲気のカップルだとお見受けしたもので……」
結局その言い合いを、女性の「そんなこと言わないでよぉ」との声がするまで耳を澄ませていたのだそうだ。暴力は振るわれてはいないようであるものの、隣人さんは、警察に届け出るかどうかまで検討したのだそうだ。すると、男女の会話の途中、まるでテレビのスイッチを切るかのようにブツリと声が消えて、そのまま静かになった。
そこまで真顔で説明されて、「本当に、大丈夫でした?」と聞かれた。A子さんは内心仰天したという。
しかし、A子さんが昨晩見たものとは微妙に食い違う。
隣人さんは、旅行や帰省のお土産のやり取りなどをする間柄でもあるので、かなり心配をしてくれていた。
その場は何とか取り繕ったものの、以降、彼氏と連絡が取れなくなってしまった。
職場ももちろん知っていたので、問い合わせてみたが、「体調を崩して休んでいる」と返されるのみだったという。
何となく怖くなって、以降、彼氏と会えないままだという。自宅も知っているが足は向かなかった。
それから、半年がたったものの、なぜ、そんな声が聞こえたのか、現時点では、曰く因縁は全く分からないそうだ。
〈了〉
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出典
禍話インフィニティ 第二十七夜(2024年1月21日配信)
3:45〜
※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。
ボランティア運営で無料の「禍話wiki」も大いに参考にさせていただいています。
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