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【禍話リライト】七五三の遺影

 ある土地では当たり前の風習でも、別の場所では全く知られていなかったり、逆に全国的に行われている行事なのに、一部地域で内容が違ったりすることがある。前者は、例えば青森の冥婚、後者は雛祭りの雛段の並べ方などがあげられるだろう。

 この話は、後者の系譜。

 かぁなっきさんが禍話レギュラーの多井さんから「嫌な話だ」と聞いた普通でない・・・・・七五三の話。

【七五三の遺影】

 多井さんがあるとき、友人のAさんにこんなことを聞かれた。

「みんなそんなこと経験しているのかなぁって思うことがあるんだけど」

「何の話?」

「風習とか」

 たしかに、地域に色濃く根差す風習にはお墓は男の子が磨き、仏壇は女の子にさせるならわしが小学校卒業まであったということを聞いたことがあった。

「よくわからない一族の風習なんて、たくさんあるとおもうよ」と実例を引きながら返す。

 Aさん曰く、遺影が部屋の四面の壁すべてに掲げられていて、そこで寝る風習があるのだという。先祖が睥睨する和室は、息が詰まるような圧迫感を感じる。その部屋に、七五三の年齢の時に、一夜泊まらされる。そういう風習があった。

「いや、聞いたことないわ。それより『あった』ということは今は行われていないのね」

 多井さんが問うと、「自分の代で終わりになりました」と応える。

 Aさんが五歳の時に、人生二度目の儀式の折のことだそうだ。すでに二年前、三歳の時に経験していたものの、少し物心もついて押し並ぶ先祖の遺影に少なからず気持ち悪さを感じていた。

 父方か母方か明かしてもらえなかったその家へは、目隠しをされ道が分からないような工夫をされて連れていかれた。家は、山深い土地にあり、昨日今日掃除したような跡から、五歳の子どもでも普段は使われていないことが分かったという。

 その家の一番奥に、部屋はあった。節目ごとに子どもを寝かせる専用の部屋では、真ん中に布団を延べて天井に目を向けると、四面からモノクロのご先祖様の視線にさらされる。

 唯一の救いは、多くの親せきが寄り集まり、夕食がかなり豪華なことだ。五歳のAさんは、箸を進めながら、この後に待ち受ける苦行に思いをはせていた。風習なので仕方ないと思いながらも。

 たらふくご飯を食べて親戚と遊んだため、泥のように眠っていたのだが、数時間後、Aさんはその部屋でふと目を覚ました。

 尿意を感じたわけでもない、周りに大きな道路などないから往来の音もしないのに瞼が開いてしまった。視野が暗闇に慣れる。目に見えない圧迫感のみがつのる。

 目を閉じて眠ろうとするも、寝付かれない。ふたたび目を開けると、暗がりの中アンバランスな遺影があることに気が付いた。固定してある金具が緩んでいるのか、紐が緩んだのか。そちらに視線をやっていると、不安定なその遺影がAさんの足元に大きな音を立てて落ちる。写真を覆うガラスが割れる音がした。

 障子を開けて、大声で家族や祖父母を呼んだ。しばらくすると、祖母が寝間着姿のまま駆けつけてくれた。「どうしたの」との問いに、事の次第を説明する。祖母は「放っておいてはよくない。おじいちゃんかおとうさんにつけなおしてもらわないと」と言う。

 畳の上に落ちた遺影を手に取った祖母の口から「ん?」という声が漏れた。Aさんは、ガラスだけじゃなく、遺影に傷が入ったのかと肝を冷やしたが、それにしては祖母が食い入るように遺影を眺めている。

 すると突然手に持った遺影を放り出し、「いやー! こんな人知らない!」と年齢不相応な俊敏さで暗い廊下に駆け出して行ってしまった。

 子ども心に「掛けられた写真に、知らない人がいたの!?」と怖くなり、祖母の後を追って駈け出した。二人して大声を上げたからか、屋敷に泊まる親戚が起きだしてきた。その中に、母親の姿を認めると一目散にAさんは抱き着いていったのだという。

 男の子とはいえ、五歳になったところ。「怖い怖い」と連呼するAさんに周りの親族たちが戸惑いの表情を見せるようになった。儀式を進めたいが、このような事態は過去になかったのだろう。

 結論としては、Aさん一家は家へと帰らされることになった。深夜、日付も変わったころなのに、着の身着のまま帰路につくことになった。道順が分からない帰り道の中、興奮も冷め、眠りに落ちた。次に気が付いのは自宅だった。時間は朝の七時過ぎ。

 起き出すと、父母が親戚に「どうなりました?」と電話をしているところだった。幼心にも中断された儀式の顛末が気になる。とぎれとぎれの会話を聞いて類推するに、結局、落ちた遺影は、祖母が騒いだような知らない人のものではなく、既知の人のものだった。ボケるような年でもなく、なぜそのようなことを言ったのかわからないと皆が首をかしげている、そんな様子なのだそうだ。

 おばあちゃんが寝ぼけていたのに付き合わされたのか、と胸をなでおろした。

 しかし、一週間ほどすると、「祖母が亡くなった」と聞かされた。急いで喪服に身を包む父母に声をかけると、「お前は来なくていい」と言われる。そうして、祖母の葬式に出る両親を見送った後、近所の知り合いに預けられたのだそうだ。

 幼心に「なぜ自分は行ってはいけないのか」と思ったのだそうだ。しかしそれから四半世紀以上たった今も、祖父母の話は家族の話題の中でタブーとされており、触れることさえできないのだそうだ。


 多井さんはその話を聞いて「遺影の末席に祖母のものも並んでいるのか」「祖母が見た写真は自身のものだったのでは」と思ったそうだ。

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出典

シン・禍話 第四十四夜 (2022年1月29日配信)

10:52〜


※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

シン・禍話 第四十四夜
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/718955255

10:52〜

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https://wikiwiki.jp/magabanasi

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