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【禍話リライト】背を向ける妹

 見慣れた家族だからといって、それが本当にその人なのか。時に彼岸のモノたちは、近しい人たちの身を写して現れる。

【背を向ける妹】

 現在30代後半のA子さんが高校生だったころの話。

 その日A子さんは、所属するバレーボール部が予想外のブッキングで体育館を使えなかったため、急遽部活が休みになった。家に着くといつもよりずいぶん早い5時を回ったころ。並べられた靴を見るに4人家族の両親はまだ帰宅しておらず、妹だけいるようだ。父は仕事、母は買い物だろう。

 玄関を上がり、夕日が薄く入り込むリビングに視線を向けると、小学校高学年になる妹が壁の方を向いて立っていた。A子さんへは背を向けている形となる。視線の先には、テレビやカレンダー、本棚があるわけではない。ただの壁だ。変に思いつつも、「ああ疲れた。ただいま」と言いおき、手洗い、うがいをして二階の自室へ向かう。再度着替えて戻ってきても、妹は同じ姿勢だった。観察すると少し上を向いていた。

「どうしたの?」

 声をかけてそちらに目をやるが、穴が開いたり虫がいたりするわけではない。すると、「顔から血を流しているの」と返答がある。続けて「すぐ止まるから」とも。

 鼻血でも出ているのかと思ってそっとしておこうと思うのだが、違和感がある。例えそうだとして、ティッシュを鼻に突っ込んでいても、それを姉に見られるようなことを恥じるような性格か。

 台所の冷蔵庫から麦茶を出しながらぼんやりと考えるうちに、違和感の正体に気が付いた。服が古いのだ。たしか、先週末のごみの日に自分のものと一緒に出したと思っていたが。柄に見覚えがある。

「B子、あなたその服……」

 言いかけると、二階から足音がした。ゆっくりとした足取りで時折せき込んでいる。そこで思い出した。今日、妹は体調を崩して学校を休んでいたのだ。空咳はあきらかに聞きなれたB子のものだ。音は、トイレに向かい扉が閉まる音がした。

 すると、部屋の隅の妹の姿をしているものがこちらを向かずにつぶやいた。

「おかしいね。家の中には二人だけのはずなのに、別の人の足音がするなんて」

 相も変わらず、それは壁の少し上の方を向いてこちらを向かずにいる。

 今、自分の目の前にいるこの女の子は誰なのか。思わず駆け寄って、肩をつかみ、こちらを向かせた。

 A子さんの記憶はここまでだ。

 次の記憶は、帰宅した母に、風邪気味の妹ともに抱き着いて号泣しているシーンだ。母は困惑したように「落ち着きなさい」となだめている。しばらくして人心地がつくと、号泣していた時に「私たち以外に生まれなかった兄妹きょうだいがいたのよね」と口走っていたことを思い出した。

 母は「何バカなこと言ってるの。あんたが最初の娘で安産だったわ」と相手にしない。夜になって帰ってきた父に同じことを問うと、「ドラマの設定じゃあるまいし」と一笑に付された。

 なぜ、パジャマ姿の妹も一緒に母に抱き着いていたのか、あの古い服を着て妹の姿をしていたものは何だったのか。それらについての答えは全くない。

 そのあと、就職して自活をはじめるまで、その家で不可思議なことは起こらなかったという。

                           〈了〉

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出典

シン・禍話 第三十二夜 (2021年10月23日配信)

11:20〜


※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/706750064

11:20〜

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