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【禍話リライト】起こしに行った人

 「怪異は向こうのタイミングで来る」というのはけだし名言だと思う。 決してこちらの思う通りに起こったりはしないのだ。
 加えて、時間軸も向こうの都合なので、結構長いスパンを取って起こることもあり得る。
 これはそんな話。

【起こしに行った人】

 Nさんが子供の頃、実家は平屋建てだった。物心ついたときからそうだったから、友人の家に2階があると、少しわくわくした。
 そのせいか、小中から高校1年くらいに掛けて、時々こんな夢を見ていたのだという。

 家族で夕食を食べている。両親と弟とともに食卓に着き、それで家族は全員のはずなのに、「呼んできてよ、ご飯できてるのにまだ来ないよ」と言われる。
 夢の中の自分は疑問を感じずに、「はーい」と廊下に出て、突き当りまで歩いていく。現実では壁なのだが、夢では、そこが階段になっている。子供の自分でも手の届くところに電気のスイッチがあるが、入れても明かりは点かない。「電灯切れてたっけな」と疑問に思いながら階段を上る。途中の踊り場で体の向きを変え、続く階段に足をかけながら、子ども心に「誰を呼びに行っているのか」と少し怖さが増してくる。
 2階に着くとまっすぐな廊下に向かって部屋が3~4部屋ある。「俺ん家って2階あったっけ? なかったっけ?」と疑問符が脳内を占める。
 どの部屋か分からないまま見回していると、そのうち一つの扉が開いていることに気が付く。この扉が開く部屋は夢によってランダムなのだそうだが、開いている扉をのぞき込むと、簡易ベッドとその上に横たわる人の足の裏の部分だけが見える。部屋は薄暗いため、それ以外は見えない。男性のものか女性のものかは分からないが、自分のよりも大きい大人のものだ。
 少し視線を向けるだけで見えるほどドアの近くにあるので、下手をすればドアに当たってしまうほどの位置なのだが、疑問には思わない。
 「この人を起こして、ご飯に呼ばないといけないのかな」と思うものの、それが誰だかが分からず、怖さだけが増してしまう。それでも頼まれたことをこなさなければならないという使命感から、とても届くとは思えない位置から「あの、ご飯です、ご飯できましたよ」と声をかける。反応は全くなく身じろぎ一つしない。それでも、部屋の中に入ってまで食事に呼ぶほどの度胸はなく、両親のどちらか、大人の人が呼びにくればいいのではないかとの思いが頭を占め、階段の登り口くらいまで後ずさってしまう。
 薄暗がりの中、踊り場まで下りてきたところで人に「ねぇ」と声をかけられ、驚いて夢から覚めるという一連の夢だった。

 これを定期的に見ていたのだが、起きてしばらくすると忘れてしまっていた。高校1年のゴールデンウィークに最後に見た折は、夢の中でこの流れを覚えていた。「ずっと、この夢を見ていた!」と思ったが、これを最後の機会に見なくなってしまった。
 自分の中では、夢のことを自覚してしまったから見ることはなくなったのかと勝手な理屈をつけてしまっていた。

 Nさんは、その後大学に受かり実家を出て別の町で下宿で一人暮らしをすることになった。下宿と言っても大学のそばにあるワンルームの学生マンションなのだが、好きなだけ階段を上ることができるのが少しだけうれしかった。
 大学2年になり、授業もバイトもある程度わかってきたころ、余裕もできたので短期のバイトも併せて探し始めた。周りの友人にいろんな話を聞いていたところ、同じ学部のDという男が「俺、管理人のバイトしていて時給はめちゃくちゃいいんだけど、やることがなさ過ぎてヒマでヒマでしょうがないんだ」と言う。
「一度遊びに来てくれないか。来てくれたら、飲み物とかお菓子は出すし、その後飲みに行っておごるよ」
とまで頼まれたので、時間を見つけて様子を見に行くことにした。
 遊びに行く当日、詳しく聞く。管理人と言っていたからどこかのアパートかと思っていたが、大学内の理系の設備が入った研究棟の警備のようなものらしいと分かった。普段は人が来ないが、高額な研究設備があるため、常時人を配していなくてはいけないということらしい。大学はもちろん警備会社を雇っており、その人たちは別の場所に詰めているものの管轄が違うので別に学生にアルバイト料を渡して管理をしているということだった。
 しかし、突然研究に必要になるかもしれず、誰かが必ずいなければならないという性質上、詰め所を開けるわけにはいかない。万一の対応のため、寝たりすることもままならないといった性質のものだった。つまりは、何か時間をつぶすものを持っていかなければ本当にヒマなのだ。
 平成も半ばの話なので、当然スマホもなく、携帯用のゲーム機だけでそれほどもつわけではない。音楽も聴くことはできるものの当時のこと、ウォークマンなどを持ち込んでも、つぶせる時間に限りがある。

 Nくんが顔を出してみると、Dはことのほか喜んだ。確かに、授業で准教授(当時は助教授)がこの棟へ連れてくることがあったなという程度の場所だった。
 2階の奥に少し広い待機室があった。
「ここにずっといなきゃならないんだ」
「ツライなあ」
「まあ、今日はNがいるからな。18時までだし」
「もっと遅いこともあるのか?」
「まあ、21時、22時頃までって言われることもある」
「電気は点けてもいいから、まあ明るいけど、外は真っ暗だし基本、人なんか来ないし。カギは、最後に警備の詰め所に返すんだ」
 結局、あちこち見回って、バカな話をしているうちに時間が過ぎた。その後の居酒屋もおごってもらったのだが、それをしても十分なほど時給が良かったのだという。
 何かあったら、責任は問われるのだが、大型トラックや重機を持ち込まない限り持っていけないようなものばかりなので、実際は盗難などといった目には遭わないのだという。
 待機室は最も高価な機材に隣接する2階にあった。といっても、それほど新しい建物でもないので、1階に人が来ると扉の開閉の音や足音などで訪問が分かるのだという。そんなこともあり、Nさんは時間があると時々Dのバイト先に顔を出し、その後に二人で飲みに行くということをしていたのだという。

 しばらくして、ちょうどそのバイトが始まる時間ごろにDから電話があった。
「すまん、突然だが今日バイト変わってくれないか? 鍵は、あの管理棟の警備員室のところから取ってきて、帰りは掛けておくだけでいいから。挨拶とか必要ないんだ」
「どうした?」
「ほら、この間できた彼女の誕生日、今日だったんだ。俺間違えた日で覚えてしまってて、これからどうしても行かなきゃならないんだ」
「それは最低だな」
「もう2度と頼まないから、今日分のバイト代も全額お前に渡すから」
 この言葉にNさんはぐらっときた。半分でももらえれば御の字だと思っていたのだが、そこそこの報酬が手に入るという。
「何度か来てくれているから知ってると思うけど、何にもしなくていいから。万一何かがあった場合、固定電話があったろ、あれで警備員さん呼べばいいだけだから。俺は一回も呼んだことないけど」
「分かった。それじゃ変わってやるよ」
「すまん。これから彼女の誕生日プレゼント買いにいかなきゃ」
「大変だな」

 管理棟でかかっている鍵を回収して、待機室へ行く。何度も遊びに来ているので、勝手は分かっている。
 電灯をつけると、薄明かりがぼんやりと部屋をともした。トイレは、同じ階の廊下の先にあるのだが、途中の電気を点けながら向かい、帰りに消しながら帰ってくるのが、なんともわびしいのだという。
 その時に気が付いたのだが、時間をつぶすためのものを全く持ってきていなかった。かろうじて炭酸の飲み物を持ってきていたが、そんなものではなかなか時間はつぶせない。
「漫画か文庫本か、いっそ大学の課題持ってくりゃ良かった」
 それでも、今から取りに帰るわけにもいかず、ぼんやりしていた。すると、確かにDくんが言っていたように、外の様子が分かる。研究等の外を歩く足音、近くの中庭の木々が揺れる様子、遠くの駐輪場で自転車がブレーキをかける音、しまいには、あまりに静かすぎて部屋の時計の秒針が刻む音まで聞こえだしてきた。体感時間がどんどん長くなる。
「テトリスでもぷよぷよでもあるだけで随分と違うのに」
 声に出しても状況は変わらない。ずいぶん頑張ったと思って時計を見ると30分も進んでいなかったりする。

 コンコン。

 突然、ドアをノックする音がした。
 おかしい。これだけ生活音が聞こえているのに、ここに来るまでの音が全然聞こえていない。だからNくんは、聞き間違いだと思った。例えばこの建物のすぐそばにある樹が伸ばす枝が風でたまたま窓に当たったのだと。
 一応、ドアを開けてみるもののそこには人の姿はない。
 試しに、自分のこぶしで同じように扉をノックしてみた。すると、指の骨が当たる音が先ほどの音そっくりで、少し気持ち悪くなった。
 廊下を見渡しても人の姿はない。
 偶然先ほどDくんからのお願いで変わったのだから、Nくんがここにいることを知っている人はDくん以外にいない。だから、いたずらという線も少し考えられない。
 しばらく部屋でぼんやりしていても何も起こらなかった。万一、いたずらだったとして一回だけで済ますだろうか。

 そうこう考えていると、外が慌ただしくなってきた。1階の扉が開く音がして数人の足音が聞こえる。数人の中年男性の声が、「あれ、いない」「いや、こっち閉まってるぞ」「確か、詰めてくれてる学生さんがいたはず」
 その声の主が、こちらに向かってくる。
 扉が開くと、いつも管理棟の詰め所にいる警備員さんが3人いた。
「どうしたんですか?」
 Nくんの問いかけには答えず、3人で顔を見合わせながら、「あれ、音が止みましたね」と言っている。
「あのね、一人が先ほど外で巡回していたら、この研究棟の屋上で騒いでいる奴がいたんだ。さっき確認したら、屋上への扉は施錠されているから上がれないはずなんだが。酔っぱらった男女数人がいるようで、下から注意したんだが反応がないんだ。しかたなく、警備全員で駆け付けたんだが……」
 建物に入った瞬間から声はしないし、屋上に人影もない。非常用の外階段から無理矢理上がれば行けなくもないが、その場合でも何らかの痕跡が残るはずだ。
「何か、聞かなかったか?」
「いえ、全く」
 脳裏に一瞬ノックの事がよぎったが、勘違いだと言い聞かせた。
「おかしいな、何だろうな。今から二人でもう一度見回る。一人は詰め所に戻すから、何かあったらすぐに連絡しなさい。無線で連絡もつくようになっているしすぐ行くから」
 話を聞くうちにどんどん怖くなってきた。あれだけ静かな中だから、本当にそんなことがあったのなら気付かないはずがない。
 何となく待機室に居づらくなって、廊下に出ていると、建物の周りを警備員さんが丹念に見回っている。
 部屋に戻り、固定電話を確認すると、横のメモ帳にこんなことが書いてあった。
『大事な日を逃しちゃいけない』
 Dのものだろうか、おそらく昨日のバイト終わりに今日彼女が誕生日であることに気が付いたのだろう。

 ドーン!

 メモを見ていると、突然大きな音がした。上の階からだ。感じとしては、大きなものを落としたような音だ。原因が、さっき警備員が言っていた人なのか、あるいは単に何かが倒れたのか。頼まれている手前、確かめないわけにもいかない。
 おそるおそる「誰かいますかぁ」と声をかけながら屋内の階段を上るも、返事はない。
 3階との間の踊り場に来た時に、デジャヴを感じ始めた。
 子どもの時に見ていたあの夢だ。
 もちろん夢で見ていた階段と、形も色も大きさも違う。
「初めて3階に足を踏み入れるのに、なんでデジャヴを感じるんだろう」
 小さく口に出してみるも、誰かが応えてくれるわけではない。
 3階につくと、既視感がより強まる。背筋がゾクゾクしてきた。
 基本的には、2階と同じ風景が続いており、廊下沿いの部屋にはカギがかかっている、はずだ。少し先に、開いているドアがあった。
 開いていてはいけない。
 カギは持っていないが、物理的に閉めることは可能だと入口まで行って中が目に入り始めると、全身が粟立った。
 ドアのすぐ中に簡易的なベッドがしつらえてあり、仰向けに寝ているだろう人の両足がこちらを向いている。
「嘘だっ!」
 走馬灯のように、夢の出来事が脳裏をめぐる。恐ろしくなって少し後じさりすると、ピクリと右足が動いた。これは、夢とは違う・・・・・
 寝ている人なのだし、先ほど大きな音がしたのだから動いてもいいのだが、パニックになってしまい待機室へと走って戻った。
 外へ逃げればよかったものの、Dくんにバイトを頼まれているということもあって生来の真面目な性格が邪魔をした。
 簡易なものだが、カギがあるのでしっかり閉めた。
 ポケットの携帯でかければいいのだが、パニックになっており、眼に入った固定電話で友人の携帯を鳴らそうとした。
 受話器を手に取ったところで、自分の慌てぶりに気が付いた。
「落ち着け、別に追いかけてこられたわけじゃないし。何か、ノックの音からおかしいぞ」
 ふと、眼を落した先に先ほどのメモ帳があった。
 そこで気が付いた。
 このメモの文字が女性のものだということに。

 意味合いが変わってくる。Dくんが書いたものなら、逃してはいけないものは彼女との記念日だろうが、女性の字なら何なのか。
 収まりかけたパニックが再発しそうになる。
 すると、カギをかけた扉が、「ドーン、ドーン」と叩かれた。先ほどのノックの音ではない。といって、上階から聞こえたような物音でもない。
「何の音だ?」
 怖くて、扉を開ける勇気はない。耳だけ澄ませると、音の輪郭がつかめてきた。音は、真ん中よりも少し下から一定の間隔でし続けている。少し変だが、例えるなら先ほどの簡易寝台に車輪がついていて、そのままの状態で足を扉にぶつけているような音だ。
 あまりのストレスに、自分でもおかしいと思うのだが、思わず扉を開けてしまった。

 そこで、N君の記憶は途切れた。

 気が付くと、下宿の狭いワンルームにいた。
「あれ、バイト!」とポケットを調べるも、待機室のカギはない。
 時計を見ると、明け方の5時前で外はうっすらと明けていた。
 とりあえず気になるので、自転車を飛ばして管理棟を見に行くと、ちゃんとカギは返却されていた。安心して家に戻り、ベッドに横になった。

 昼過ぎくらいに携帯電話が鳴っている音で目が覚めた。
 Dからだ。
 履歴を見ると、何回かかけてきてくれたようだ。おそらく何コールもしているであろう電話を取る。
「おお、N。昨日は本当にありがとうな。でもお前も隅に置けないな。結構のろけていたぞ。あの感じだと酔っていたのかな、普通じゃなかったもん。お前があんな早口で話すなんて……」
「何が?」
 話を聞く。昨晩、何とか彼女とのイベントを終えて家に帰ると、アパートの部屋の前にNくんがいたのだそうだ。「どうしたの、今日はありがとな」と声をかける。「聞いてくれよ、俺もいいことがあってさー」
 とりあえず、Dが家にあげると、紅潮した顔でテンションの高いNくんが早口でまくし立てる。興奮して早口なのと、主語がないのでなかなか内容がつかみにくいが、要約すると「ずっと昔から好きだった娘と意思の疎通が取れた」ということなのかな、ということらしい。一通り捲し立て、明け方ごろに帰って行ったそうだ。
 それを聞いてN くんは心底恐ろしくなった。
 Dくんは、電話の最後をこう締めた。
「俺は助けられた側だし、あんまりよく分からんけど、何というか、お幸せにな」

 それからは変なことは起きていない。しかし時々、会社の知り合いが物知り顔ににやけた顔でこちらをうかがうことがあるのだという。覚えもないのに。ほんとうに稀なことなのだそうだが。
 そうなると、俺また、記憶がない時にのろけ話をしているのかな?
 あの寝台に乗っていたのは、女性なのかな?
 そう思っているのだという。

                       〈了〉

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出典

元祖!禍話 第22夜(2022年10月1日配信)

22:00〜

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/746993208

※本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

禍話 簡易まとめWiki


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