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【禍話リライト】山田のおっさん/夢の隣室

 禍話には「ネンネ式」という怪談の形式がある。個別の話が緩やかにつながる、そんな形だが、つながればつながるほど怖さの様相が増す。
 禍話は、現在は土曜の夜11時から配信されている。今週は語り手担当のかぁなっきさんの元にも怪異が現れた。

【つつむ?】

 2023年の8月の最終日、深夜もずいぶん更けてからかぁなっきさんはパッと目が覚めた。トイレでもないし目覚ましも鳴っていない。暑いわけでもクーラーの効きが強いわけでもない。
 かぁなっきさんは経験上こういう異常がないのに目覚めてしまうことが、比較的危険なことを知っていた。
 お化けが近くに来ている合図か、ストレスなのだ。
 どちらにせよ、良い兆候ではない。
 部屋は電気を消しているので真っ暗だ。携帯の時計を見ると3時を過ぎている。もう一度寝直そうとして、目を瞑る。眠気は全くない。意識は覚醒したままだ。
 感情の全くない男性の声で、
「つつむ?」
と問われた。
「えっ!?」
 思わず飛び起きて電気をつけたが、もちろん部屋には誰もいない。しかし、万一霊の声だとして「包む」と言うのはどういう意味か?
 布団で包むという意味でも怖いが、そういう雰囲気もない。しかし、夢でも聞き間違いでもない。声の距離は、寝てる布団のすぐ横くらいだったという。この晩はアルコールも摂取していないので、どうにも心当たりがない。
 命の危機を感じるほどではないものの、肝が冷えたという。翌日、この手のことがあると意見を聞く大井さんに連絡しようと思って、今度は本当に二度目の眠りに落ちた。

【山田のおっさん】

 今年30代後半になる女性・Bさんの生い立ちはやや複雑で、小学校の時に親戚に引き取られてその親戚の姓を継いだ。
 実家との縁は切った形だ。幸いにも、母の姉にあたる叔母は優しくて、家族ともども慎ましやかな幸せを噛み締めていた。唯一の悩みは同じ県内だったことだが、それも違う市とはいえ聞き覚えのある地名がニュースで耳に入ることがあるくらいで高校卒業まではそこで過ごした。
 大学を出て社会人になり、一人暮らしの住まいはようやく県外となった。仕事の関係で、いつも夜は遅かったのだそうだ。そんな時でも、今では24時間空いているスーパーがある。Bさんはそこで夜の10時、11時に行って割引の少しくたびれた惣菜などを買うのが日課になっていたという。

 スーパーには、レジ近くの壁面に「お客様の声」というのが貼りだしてあった。多くは入れて欲しい商品や店員の接客態度のものであり、それらの質問や意見に責任者が答えるものだ。
 ある晩、その前にくたびれたおじさんが立っていて、何度も低い声で人の名前を繰り返していた。
「山田~、山田~」
 内心『気持ちの悪い人が居る』と思いつつ、今までそんなところに貼りだしてあることなど知らなかった。それはそうだ。そもそも、書いた人くらいしかじっくりは見ないのではないだろうか。
 おじさんは、何度もその名前を口にしている。

 別の曜日に同じように総菜を買って、レジを離れると、やはりその場所におじさんが居た。ただ、先日と違ってすぐに店を出て行ってしまった。見るとはなしに、壁面を見ると、要望を出している人にも、答えている人にも「山田」という人はいない。また、『私たちがお答えします』と名前が並んでいる社員の中にもいなかった。加えて、毎日訪れている関係で、レジの人の名前も大体わかっていたものの、そこにも山田さんはいないようだった。
 もちろん要望した側の人は名前を書かない。だから、結局おじさん自身がヤバいのだ、と結論付けた。
 翌日も、店に入ってすぐレジの近くを通ると、おじさんがいつものように名前を呟いていた。
「今日もいるなー」
 その言葉を飲み込んで、ぐるりと買い物を済ませてレジに来た。時間も時間なので、ほかに客は少ない。おじさんはもういなくなっていたが、かたずけをしていたパートさんが、レジの人に「今日も『山田』のおじさん来てたね」と話しかけていたのが聞こえた。おじさんの苗字は分からないのだろうが、毎日来て呟いているからあだ名をつけられているのだ。今日の総菜を買い物バッグに入れながら耳を澄ます。
「あの人いっつも商品買わないしね」
「といって、警察を呼ぶほど迷惑をしているわけでもないのよね。一応店内の商品を見てくれているし。声が大きいわけでもないし。夜は店内の社員の数も少ないから、本当に触らぬ神に祟りなしだよねぇ」
 聞くとはなしに耳を傾けると、いつもこれくらいの時間に来て、店内を冷やかしたのち舐めるように壁に貼りだされた意見を見て、ぶつぶつ呟いて去っていくのだそうだ。

 最初に見てからひと月経っていないころだという。その日は、残業があって、普段よりもさらに遅い時間になってしまった。さすがにいつものスーパーでも、値引き品は売り切れている時刻だ。一人暮らしで切り詰めた生活をしているのでもったいないが、この日はコンビニで夕飯を買うことにした。
 買い物を済ませ、コンビニを出て家に向かい始めると、目の前を見覚えのある男性が歩いている。『山田』のおじさんだ。
『帰り道同じじゃん。近所の人だったのかな』
 内心そう思う。だが、追い越すと後ろからついてこられることになり、それは気持ちが悪いので、いつもよりも相当ペースを落として、男性の後を歩いて行った。すると、すぐに路地を曲がり、安アパートへと向かった。周りは田んぼだらけで視界が開けているので、視線をそちらにやっているとおじさんの同行は逐一わかる。そのまま抜けそうな古ぼけた外階段を上がり、外廊下を通って一番奥の部屋へと入っていった。
 ものすごく近所というわけではないので、少し安心したものの同じ方向なのは少し気になる。

 ある週末の休日。
 その日は初夏で気候も良く、ぶらぶらとウォーキングも兼ねて近くを歩いていた。気が付くと、『山田』のおじさんの安アパートへ続く道へ来ていた。無意識に足が動いて、近づいていってしまう。強い太陽光のせいか頭が少しぼんやりしている。この道の先は、件の安アパートしかない。
 そんなことをしなくてもいいのに、アパートのボロボロの階段の前まで来てしまった。そのまま意識せずに二階に上がってしまった。
 そこで我に返った。いい気候だと思ったのに、強い日差しに当てられたのか。
「帰ろう」
 バカバカしい。幸い誰も出てくる気配はない。階段を降りようとして、外廊下に並ぶ部屋の表札がすべて目に入った。一番奥の部屋、つまり山田のおじさんの部屋は「池田」となっていた。ここにきて、おじさんの名前が判明したのだが、そこは重要ではない。
 他の部屋はすべて「山田」だった。
 怖くなって、家まで走って帰った。
 田舎の方だと、同じ苗字の方ばかりが多く住む集落などは珍しくはない。しかし、一軒家ではなく、古いアパートの二階に並ぶ部屋なのだ。一階は怖くて確認しなかったという。
 自分のマンションの管理人に、「この辺りって『山田』という名字が多いんでしょうか?」と聞いてみた。しかし、返事は、「いいや、そんなことないよ」とにべもない。
 結局、怖くなって会社帰りにそのスーパーに寄ることは止めた。

 ある時、Bさんは会社で怖い話をする機会があったので、この山田のおじさんの話をした。
「怖い!」
「何かに呼ばれてるよ!」
など評判が良かった。
 このときに、Bさんは請われるままかなり詳しい場所や行き方を皆に教えていた。少し経って、昼休みに後輩が言う。
「B先輩! 私先輩の言ってた山田のおじさんのアパート行ってみたんです」
 もちろん、休日の昼間のことだそうだ。
「何でそんなところ行くの? バカじゃないの? で、どうだった?」
「肝試しじゃないじゃないけど何となく。そうしたら、B先輩の話本当ですね」
「嘘ついたってしょうがないでしょ」
「いや、一番奥の部屋も『山田』になってましたよ。表札が新しかったから、きっと最近替えたんだと思う」
「怖いね」
「絶対もう行かない」
 ひとしきり盛り上がり、内心引っ越しまで考えたのだそうだ。

 家に帰って、その日のことをぼんやりと考えた。
『なぜ、こんなに怖いのか』
 そこで思い出した。「山田」というのは、捨てた実家の苗字だった。
 絶対覚えているはずの元の名前を、おじさんが何度も口にしているときからすっかり忘れていたのだという。普通なら、『実家の名前だ』と思うのだろうが。記憶から消されていたのだろうか。
「危なかったんじゃないでしょうかね」
とBさんが話を締めた。

【夢の隣室】

 皆さんは、何度も見る夢というものがないだろうか。
 普段は思い出さない。
 起きた直後くらいは、ぼんやりと思えているが、その後の日常に紛れてしまう。
 この話は、30代後半のCさんという男性のものだ。
 Cさんは、小学生の頃から何度も同じ夢を見た。それは、宿泊施設のもので、保養所なのか民宿なのかは分からないが、和風の木造建築のものだ。旅館というほど立派なものではない。
 その施設に泊まるという夢なのだが、行くメンバーは歳を取るに伴って変わる。小学校の時は車での家族旅行だったのだが、中学や高校の時は友人と電車で、大人になると実際に存在する駅に降り立つところから見るのだという。
 毎回、予約している部屋があり、引き戸を開いて和室に入る。部屋には植物の名前(例えば梅とか竹とか)が付けられており、宿泊施設に入ったら、フロントに寄らずにその部屋に行くので、どうやら2泊目以降のようだ。
 ただ、毎回急いでその場所を去らなければならない状況になるのだという。バスがすぐ出てしまうとか、最終電車に間に合わないなど、それもシチュエーションに左右されるものだ。カギのかかっていない部屋の荷物を取って慌てて帰る準備をするのだ。
 おそらく、いろんな観光を終えて急いで帰る状況なのだ。これも、年を取るにしたがって細かい設定は変わるが、基本、急いで出ようとしていることは変わらない。
 荷物を持って、トイレに寄って帰るか帰らないかのときに嫌な気持ちになって目が覚めるのだという。何かが起こって、嫌な気分になっているのだが、その事件自体は覚えていない。それも、結局日常に紛れてしまうのだが。
 社会人になっても見続けていたが、たとえ見たとしても『あの夢を見たな』ぐらいで、朝ごはんや出かける準備で忘れてしまう。
 会社も2年目になり、ずいぶん慣れて、後輩もできた。Cさんはその人柄から後輩たちにも慕われていた。
 そんなときに、あの夢を見た。
 いつもの通り、玄関から入ってスリッパに履き替えて見慣れた部屋を目指す。メンバーは、会社の仲の良い同僚や後輩たちだった。やはり、出なければならない用事があって、皆急いでいる。
「急げ急げ」
 夢なので、後ろに居たはずの後輩が部屋に入っていたり、時系列が混ざっていたりはするものの帰り支度を急いでいることには変わりがない。
 そのとき、引き戸を勢いよく開け閉めする音が聞こえた。自分たちの部屋ではない。右隣の部屋だ。
 「スパーン、スパーン」と力任せに開閉をしている。
 「ふすまが傷むぞ」などと気にするものの、後輩の「先輩急いでください」の言葉に急かされる。
「でもな、隣の部屋がふざけて……」
 言いかけるが、皆はそれどころではない。音から察するに、ふすまを本当に全開にしてから、閉めているようにも思える。
『子どもが遊んでいるのだろうか』内心そう思うものの、子どもたちの笑い声も、それをとがめる大人の声も聞こえない。
 廊下に出ると、案の定隣の部屋の扉が開け閉めされているので、中が見える。4、5人の家族がちゃぶ台を囲んで座布団を引いて座っているのだが、激しく開閉される入り口には全く視線を向けない。
『注意しないのか』そう思うものの、ちゃぶ台に座る家族には子どもたちも含まれている。
『では、誰がふすまを開閉しているのか・・・・・・・・・・・・・・
 急に手を掴まれたので、驚いてそちらを見ると、仲の良い男の後輩が手を掴んで真剣なまなざしをこちらに向けている。
「ダメですよ先輩。隣の部屋、見ないほうがいいですよ」
「何で?」
「死んだ奴が構ってほしくてやってるんですよ。見て見ぬふりをしなくちゃだめですよ」
ーーと言われて思わず「うわー!」と声を上げたところで目が覚めた。珍しく、最後の部分も覚えている。
 その時に、小学校の時から何度も何度も見てきた内容を思い出した。リフレインのように脳裏を駆け巡る。今日の後輩のセリフを、小学校の時は仲の良かったDくん、中学校の時は部活の仲間のEくんが……。
 何のトラウマが影響しているのかは分からないが、頭の中はぐちゃぐちゃだ。そうは言っても、出勤しないといけない。ちゃんと寝たはずなのに、頭が重い。心療内科はこういうときにかかるものなのか。
 いつものように通勤の電車に乗って、スマホで『死んだ人 隣 夢』などで検索するも、もちろん引っかかってくるわけがない。
 会社に着いて、夢で声をかけてきた後輩に「おはよう」とあいさつをすると、すまなそうな対応をしてくる。近々の仕事で彼のミスは覚えがない。
 昼になった。
 ご飯を食べに後輩を社員食堂へ誘う。
「飯食いに行こう」
「先輩、今日俺がおごりますよ」
「何だよ、気持ち悪いな。今日、お前なにかすまなそうな顔してるけど何かやらかしたのか?」
「いや、全然自分勝手な事なんですけど、今朝夢の中でね……」
 そこまで聞いて「えっ!」と思う。
「おう……夢の中で?」と水を向ける。
「夢の中で、先輩に何か知った風な口をきいたんですよ。内容は覚えてないんですけど、知ったかぶりで偉そうに言ったら、先輩が『うわー! そうなんだ』ってめちゃくちゃ凹んで、その場に座り込んで泣き出しちゃったんですよ。先輩ごめんなさい」
「どんな場所だよ」
「床の間っていうか、和風の部屋だったと思うんですけど。すごい申し訳ないことしたと思うから、今日はおごらせてください」
「おぉぉう」
 もちろん、これまでに夢の話をしたことなどない。今朝もしてはいない。そもそもなぜ嫌な気持ちになっていたのかは、今朝思い出したのだ。だから、後輩が知りえるはずもない。
 その日はおごってもらったものの、夢の説明もできないので味もほとんど分からない。
『ほんとに気持ち悪いな』
 帰りの電車の中で、夢の中身を反芻してみる。後輩にあんなことを言われたからなのか、鮮明に覚えている。部屋の名前が、それぞれ植物の名前だったことを思い出したが、右隣の部屋の名前だけ、人名になっていた。だから、覚えていた。
 その部屋の名前は、
『山田』だった。
 心の中に何か引っかかりを覚える。その名前の人が近所に居たような気もする。マンションに帰って、実家に電話すると姉が出た。
「山田さんって近所に居なかったっけ、小学生の頃にどこか引っ越さなかった?」
と聞くと、少し考えたのちにこう言った。
「C、あんた覚えてないの? 大変なことになったじゃん」
 話をまとめるとこうだ。同じ町内に住む山田さんの家には、Cさんと同じ年頃の娘さんが居た。ところが山田夫妻がある日いなくなったと言い出した。近所の人は当然「警察に連絡を」というのだが、「いえ、警察には言いません」と頑なだ。
 近所の人にしてみても、広く探すなら公の手を借りたほうがいいのだが、そうしたがらないので、どのように手助けするか手をこまねいていた。そこで、町内会長さんに探りに行ってもらうと、「もうこの件はこれ以上踏み込まないように」とのお達しが出た。どうやら、おかしな宗教にかぶれてしまっているようなのだ。娘さんは、どうやら親戚に引き取られたようで、行方不明や死亡などではないようだと。もし山田さんが「うちの娘が」と言い出したら「そうですか、大変ですね、こっちも探してみます」とごまかしてくださいーーというのが町内の暗黙の了解となった。
「覚えてないの?」
と姉にとわれたものの、全く覚えてない。
 そんな騒ぎからひと月ほどすると、隣近所に煙が流れるほど山田家が線香をたいていたのだという。そして、扉に汚い字で「喪中」と書いた紙をセロハンテープで止めている。山田家には山田さん夫妻しかいないにもかかわらず、漢字も間違っているし、字も小学生が適当に書いたようだ。あからさまに怪しいので、関わりになりたくない近所の人はさらに距離を取るようになった。
 数日して、山田さん夫妻が近所を訪ねてきた。
「先日はみなさんありがとうございました。娘の弔問に来ていただいて」
 もう言っていることがめちゃくちゃだ。娘は死んだわけではないし、近所の人も誰一人山田家には訪れていない。
 姉が言う。
「それで、あの日はたまたま、私とあんたしか家にいなくて、私怖かったから、あんた何か香典返しっていう封筒もらってたじゃん。で、中は何かペラペラのお札みたいなものが入ってるってCだけ見て、そのままクシャクシャにしてごみ箱に捨てたよね」
 他の家の人も皆気持ち悪くて封筒ごと捨てていたのに、中身を見たのはCさんぐらいのものだったのだそうだ。
 Cさんは、もちろんその一連の出来事を、全く覚えていなかった。


 さて、この「山田のおっさん」「夢の隣室」は同じ家の話だ。
 かぁなっきさんはこの話をBさんからもらって、長い間寝かしていた。Bさんの両親はどこかへ引っ越してしまい、今は連絡が取れないのだそうだ。宗教に関しても「詳しくは言いたくない」とのことなので、触れなかったという。
 少し前に、Bさんから「あの話していただいてもかまいませんよ」と連絡があった。
 その晩に、かぁなっきさんの布団の横で「つつむ?」との声が聞こえた。
 大井さんに一連の話をすると、「包むって言ったら大体香典じゃない」との返事があったそうだ。つまり、枕元の声は、「香典を包むのか・・・・・・・?」という意味ではなかろうか。
 という背景で、3つの話を公開することにしたのだそうだ。
 Bさんは、その後おかしな目には合っていないそうで、Cさんも思い出して以降、宿泊施設の夢は見ないそうだ。
                             〈了〉

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出典

禍話インフィニティ 第十夜(2023年9月2日配信)

つつむ? 14:30〜
ヤマダのおっさん 26:00〜
夢の隣室 38:00〜

※FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。


下記も大いに参考にさせていただいています。

 ★You Tube等の読み上げについては公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。



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