見出し画像

鉄の華(くろがねのはな)7

 食事が終わり、囲炉裏の周りには私と藤兵衛二人になった。

「江戸では、得ることが多かったようだな、一貫斎」

 藤兵衛は越後の本間平八から一貫斎の名を継いでいた。湯呑から酒を飲みながらうなずいた。

「今まで通り、藤兵衛と呼んでくれ。村に帰って真っ先に思ったのは、各家から槌音が当たり前に聞こえるということだ。帰参の途中に、そこの日吉様の中の伊都伎島いとぎしま様にもご挨拶をしてきた。なぜか境内の内堀を見た時に、故郷へ戻って来たと実感したがなあ」

 国友一貫斎の家から北へすぐ。札の辻を東へ曲がるとすぐに小さな神社がある。茅葺の本殿には大山咋おおやまくい神をはじめ二柱の神様が祀られている。日吉神社が村内にあるのは比叡山延暦寺領であった頃の名残だ。境内の伊都伎島神社が鉄砲の守護神としてあがめられており、海中に立つ安芸の厳島を模して、周りには水を引いた内堀がめぐらされていた。

 藤兵衛の好物の塩煮を私も口に運び、話の続きを促した。鼻へと山椒の香りが抜ける。

「江戸は、人も物も知識も集まる場所だ。ここにいては見ることさえかなわない気砲や望遠鏡を直接手に取ることもできた」

「それが、新たな国友の生業にもつながっている」

 舶来の空気銃を参考に、その作り方や仕組み、用途について記した『気砲記』を藤兵衛が記したのは、三年前のこと。事細かに製法を記した制作の手順書も届けられ、減った鉄砲の穴を埋める形になっていた。

「気砲は、空気圧を使った鉄砲ゆえ、鉄を鍛えて熱で張りたて、台木を削り、カラクリと合わせる。原理さえわかればこれまでの応用で国友で作ることができた。実際、手間は小筒を張りたてるのに比べれば数倍はかかるが、価格は一〇倍を下らない。しかし、今必要とされているのは、さらなる火力だ。杉板を打ち抜ける程度のものではいずれあきられてしまう」

「どうすればいいというのだ」

「これだ」

 懐から出された紙には、ねじが付いた太い筒が描かれていた。各部位には細かく計測した数字が書き込まれており、上に望遠鏡と大書されている。

「遠眼鏡か」

「そうだ。ただ普通のものとは違うぞ。月や明けの明星(金星)、お天道様まで手を伸ばせばつかめるくらいに見える優れものだ。気砲がひと段落する前に、これを新たに国友で作れればと思う。金属を鍛えて筒にし、中を磨き上げるというのは、ほかのどの鍛冶よりも鉄砲鍛冶に分があるはずだ。それに、必ず必要とされるこまかいカラクリも、お前を筆頭に金具師には作りこなせるはずだ」

「しかし、それほどまで遠くを見ることのできる遠眼鏡にしては、寸足らずじゃないか」

「そこよ。今までのものは、ギヤマン(ガラス)を磨いて、遠くのものを大きく見るような仕組みだった。しかし、この望遠鏡は、鏡を使っているんだ。それも二枚」

 こうなると、藤兵衛は止められない。子どもの頃からの癖だ。おかげでこちらも知識が増えるのだが。鏡の磨き方が難しく曇らない金属を作る手段も皆目見当がつかないという所に差し掛かったところで、廊下から奥さんの声がかかった。

「旦那様、女の方がお会いしたいと。どういたしましょう」

「女?」

「はい、ニレと告げればお分かりいただけると」

 藤兵衛と顔を見合わせた。

「ここへ通ってもらえ」

 囲炉裏端へきたのは、随分とトウが立っていたものの、あのニレで間違いはなかった。長い髪の毛を後ろに束ね、あの時の同じように獣皮の上着をまとっている。

「お久しぶりでございます。近く帰村とうかがい、ご相談事があってまいりました」

「ちょうど、今日戻ったところだ。それよりも、ニレ、おなごだったのか」

「申し上げておりませんでしたか。それは失礼しました。山の神は女神ゆえ、同性を嫌います。できるだけ明かさないようにいたしておりました」

 ニレが云うには、山に再度ひぐまが出ているという。それも、右耳が大きく欠損していると説明した。近くの村では家畜や人にも被害が出ている。

「それが、あの時の子熊ではないかと」

「心当たりが?」

「火薬のにおいがするときは、どんなときにも出てきませんので。あの時のことを相当警戒しているのではないかと」

 囲炉裏の中で炭がはぜる音がした。感覚が鈍るからと酒を断ったニレは、ゆっくりと番茶をすする。

「火薬を置き続ければ大丈夫なんじゃないか」

「周囲には多くの里がございます。また、火薬は高価で危険なものですし、数日でしけって匂いもなくなってしまいます」

 しばらく考えて、藤兵衛にこう云った。

「気砲がいいんじゃないか」

 提案を受けて、藤兵衛が立ち上がり、壁に掛けてあった空気銃をとった。ニレに手渡しながら、「これが江戸で新たに作り方を発案した気砲だ。これだと、火薬を用いずに鉛玉を撃ち出すことができる」

「話には聞いておりましたが、威力はいかほどあるのでしょうか」

「改良を重ねた現在でも一寸(三センチ)の杉板三枚といったところだな」

「それでは……」

 たしかに火薬の量は押さえていたとはいえ、三匁の弾を眉間に受けても生きていた羆と同等の相手には心細い。そう云いつつも、ニレは言葉をつなぐ。

「二三年前に、師であるヒバがお願いしたように、もう一度熊に効くものをお願いできませんか」

 頷いて藤兵衛は返した。

「江戸では、有形無形のものをたくさん得ることができた。もちろん、空気銃のように形になっているものはあるが、我々の周りにある空気も集めて力を加えれば、火薬に勝るとも劣らない威力を発揮するといった知恵も得たものの一つ。これを生かして、羆用のものを作る工夫をしたいと思う」

 言葉には出さなかったものの、心中「今度は、誰一人として犠牲にせず」と付け加えたのだと思った。


(長浜ものがたり大賞2018に投稿したものを改稿)

                           (続く)

よろしければサポートのほどお願いいたします。いただいたサポートは怪談の取材費や資料購入費に当てさせていただきます。よろしくお願いいたします。