見出し画像

【禍話リライト】紙袋の女

 夢は怪談と密接な要素だが、現実にフィードバックするほど怖い。
 さらに、他人にそのフィードバックが分かると段違いに恐怖が増す。
 これはそういう話。

【紙袋の女】

 かあなっきさんの知り合いのDさんは、大分の出身で現在関東に住んでいる。その人が、「紙袋を持った女性に追いかけられた話」があるという。
 最初は「今どき紙袋?」と、それほど身を入れて聞いてはいなかったが、聞くうちにどんどん怖くなってきた。

 ある冬の晩、Dさんは地元の友達と久しぶりに電話で話して、「同窓会でもしようぜ」と盛り上がっていたという。それもあって、その晩、大分の地元の夢を見た。
 大分某駅の前には地下道がある。お店も何もなく、等間隔にポスターが掲出され、明かりが点いている、そういう向こう側へ行くためだけの道だ。時々、ギターを持った若者が声を張り上げていたりするが、本当にそれだけの場所だ。昔は、交通状況が悪くて駅から向こうへ渡りにくかったため作られたのだが、長年にわたる再開発で現在は問題なく渡れる横断歩道が作られているので、地下道は有名無実化していた。
 夢でDさんは、その地下道を歩いていた。
 距離が長く感じられる。工事か何かで伸ばしたのかなどと夢特有の理解で飲み込んだ。
 周りに反響して大きく聞こえる足音に、硬いヒールのような足音が加わった。途中からし出すのは本当はおかしいが、それは夢の事、おかしいなと思いながら後ろをうかがうと、人二人分くらい後ろに女性がいた。
 女は紙袋を胸元まで持ち上げており、その大きめの紙袋で顔が隠れている。ふつう、そうしたやや大きなものを紙袋を持つときは、袋の下を持つものだろうが、真ん中らへんを右手が上、左手が下に位置するように持っていた。夢ながら『よくそれで落とさないな』と思うほどだったという。
 自分が止まると、女性も止まる。
 しかも、止まった女性はプルプルと小刻みに震えている。その原因が、笑っているのか、持っている荷物が重いのか、それとも寒いのかがイマイチ分からない。
『気持ち悪い』
ーーそう思って、歩き出すとまた少し後ろをカツンカツンとヒール音を響かせて追ってくる。怖くなって、通路を走りだすとペースを変えず、手に持ったものを掲げたまま同じ距離を保って追いかけてくる。
 そのまま、ようやく上り階段の下までたどり着いて駆け上がった。すると足音が付いてこなくなった。くるりと後ろを振り向くと、一番下の段には足をかけず、紙袋を持った姿勢で止まっていた。
『よかった。あいつは階段を上れないんだ。助かった』
 地上に着いたとたんに目が覚めた。
 見回すと、もちろんいつもの関東の自宅だ。スマホの画面は、今日が平日で仕事へ向かう時間が近づいていることを示している。
『嫌な夢だった』
 そう思って起き上がると、少し喉が痛くて頭が重い。いわゆる風邪の初期症状だ。熱を測ると微熱程度で無理をすれば仕事に行けなくもない。
 現在のようにコロナが蔓延する前のことなので、しょうがなく出社して仕事をすることにした。

 会社でいつものようにデスクに向かっていると、隣の席に座る後輩が声をかけてきた。
「Dさん大丈夫ですか? 午前中からずっとぼーっとされていますよ。熱があるか、もしかしたら時節柄、風邪なんじゃないですか」
「そうか?」
「見た感じ、顔も少し赤いですよ」
 そんな会話をしていると、急に下腹が痛くなってきた。普段それほどお腹が弱い人ではないので、取るももとりあえずトイレに向かった。周りも「大丈夫か?」とざわついている。
 男性用の個室に入って、ズボンを下ろして座ると、ウソのように痛みが引いた。『何だろう、気持ち悪い』と思いながら座り続けるも別に小用以外に何も出ない。ズボンを下ろしているので、どんどん体が冷えてきた。
『自分のデスクに戻って、具合が悪くなったら帰ろう』
 そう思ってズボンを上げて扉を開けた瞬間、紙袋を持った女がいた。あの夢で見たように、右手が上、左手が下で持っている。
「うわっ!」
 思わず声を出して、個室のドアを閉めた。外からは何の音もしない。扉を開けて確かめたいが、その勇気が出ない。
 そうするうちに、微熱があったから幻覚を見たんじゃないか、というふうに思い始めてきた。
 確認の意味も込めて、トイレのドアの下に開いているすき間から見ると、数メートル先に、黒いヒールを履いた足が見えた。男性用トイレなので、そんな足が見えること自体がおかしい。
 仮に掃除のおばさんが居たとしても、そんな靴は履いていないだろう。
 急いでトイレに来たので、携帯電話も持っていない。10分ほど「えっえっ!?」と言っていたら、隣の席の後輩が「先輩大丈夫ですかぁ」と入ってきてくれ、個室をノックしてくれた。
 恐る恐る扉を開けると、いつも通りのトイレが広がっていた。
 後輩に、「トイレの中に他に誰かいなかった?」と問うものの、「いえ、D先輩だけですよ。上司の〇〇さんが、心配だから見て来いって」との返答。
 内心、相当怖い。
 連れだって席に戻ると、上司が言う。
「有給溜まっているし、今の時期そんなに忙しくないんだから、体調悪いんだったら帰れ。ここで倒れて何日か休まれる方が困る」
「今日一日部屋で休んで、明日具合が悪かったら必ず病院に行きます」
 そう答えて、早退することにした。

 帰る途中で彼女に「具合悪いんだわ」とメッセージを送ると、「じゃあ、仕事帰りに寄っておかゆか何か作ってあげる」と返信があった。
 まだ日も高いうちに自宅のマンションについて、じっとしているとだんだん落ち着いてきた。何か胸が逸る。
 本当は、彼女が来るまで部屋で待っているべきだが、近くのコンビニやドラッグストアをはしごしてドリンク剤やサプリを買い込んだ。後で考えると、まるで自室に居たくなかったかのように時間を無駄に使ったのだそうだ。
 そうして、日も暮れようかという頃合い自宅に向かうと、ちょうど下でDさん宅へ向かう彼女と出会った。
「何で今帰ってきてんの?」
 と問われるが、手に持ったビニール袋を見せて状況を説明した。
「でも、本調子じゃないからやっぱりおかゆ作ってくれない」
 そう言って二人で部屋へと向かった。
「風邪なんだから早く寝たほうがいいよ。今日は泊っていけるから何かあったら声をかけて」
 そうは言ってくれるものの、同じベッドに寝てうつしても良くないので、自分はベッド、彼女はソファーで寝ることにした。

 真夜中ぐらいに彼女に起こされた。
 そのタイミングでDさんも変な物音に気が付いていた。
「玄関に、何かいる」
 ドアを開けて、本当に短い廊下があり、リビング兼自室のすりガラスの間に何かいる。
 クシャクシャクシャクシャーーという音が響いている。
 彼女は、「何? ネズミか何かいるの!?」と口にする。
 中扉のすりガラス越しに、ぼんやりと見えるものがある。それは、うずくまって何かしているようにも見える。もちろん、彼女に悪夢の事や、トイレでの出来事については何も話してはいない。
「これビニール袋じゃないよ、えっと、紙袋? あなたそんなの置いてない?」
 彼女の言葉に、内心『怖いことを言う人だ』と思うものの、玄関に食べ物か何かが入ったままの紙袋を置いていて、それを少し大きな動物が漁っているーー彼女はそんな風に解釈していた。
 そのやり取りの間も、「クシャクシャ」という音は続いている。
 Dさんが止める間もなく、勇敢な彼女は、部屋と廊下の電気を点けて、中扉を開けた。
 すると、そこには何もなかった。
「えっ!」
 確かに二人で音も聞いたし、ぼんやりとした影も見ている。
「わからんなぁ」
 音の原因となるものも見当たらない。何度も電気を消したり、むこうに腰を下ろしたりして検証してみたが、見間違えるようなものはない。
「逃げたのかな」
 結局、昨日からの一連のことも言い出しそびれて、うやむやになってしまった。翌日も二人とも(Dさんは体調が良ければだが)仕事なので、「絶対何かいたよね」「うん」というやり取りののち、電気を落として寝ることにした。
 10分ほどして、ようやくうつらうつらしたときに彼女が声をかけてきた。
「ねぇ、まだ起きてる?」
「びっくりした。何だよ」
「今から変なこと言うんだけど……」
「どうしたの」
「さっき紙袋をつぶしてる音って言ったけど、違うわ。バナナの皮をめくっているみたいに、紙袋をめくっている音だ」
「何で今、急に言うの?」
「……何となく」
 しばらくすると、彼女の寝息が聞こえてきた。
 寝たくはない、寝たくはないがそうもいかない。
 『何を紙袋から取り出すの?』『そんな夢見たら終わりだ』
 睡魔に抵抗するものの、落ちてしまった。

 夢の中で、Dさんは大分駅前にいた。
 同窓会の帰りらしい。
「大分の町も変わらないなぁ」
 誰かが声を上げている。
「飲み足りねえな」
 誰かが言うが、街中でだれも足を進めない。
 おかしいと思ったDさんが周りを見ると、夢で自分が駆け上がってきた地下道の階段の上で皆がたむろっている。方向としては、地下道を使おうとしている。
 夢の中だが、『地下道は駄目だ』と思っているので、皆がそれを汲み取ってくれているのかと思って、視線を下にやると、階段の途中で女が立っていた。
『階段は登れないんじゃないの』と驚いていると、誰かがDさんの肩をつかんで言う「絶対に行くんじゃないぞ、それで紙袋の中を見せられたら駄目だ」。
 顔を見ると、中学の時の親友のEだった。
 その瞬間に目が覚めた。
 怖かったのは、親友のEは、中学時代にトラック事故で亡くなってしまっていることだった。
 ありがたいのと、怖いのとで感情がない交ぜになってしまったのだという。

 この話を、かあなっきさんが一言多い、多井さんに「紙袋の中身、何だったんだろう。顔が隠れるほど大きな紙袋だったんだから、梅酒の瓶かな」と問うたところ、答えが一言あった。
「遺影だな」
                            〈了〉

──────────

出典

禍話緊急放送from佐藤実宅(2023年1月28日配信)

52:40〜

禍話緊急放送from佐藤実宅

※本記事誰も隠れておらず、FEAR飯による著作権フリー&無料配信の怖い話ツイキャス「禍話」にて上記日時に配信されたものを、リライトしたものです。

下記も大いに参考にさせていただいています。

 ★You Tube等の読み上げについては公式見解に準じます。よろしくお願いいたします。

よろしければサポートのほどお願いいたします。いただいたサポートは怪談の取材費や資料購入費に当てさせていただきます。よろしくお願いいたします。