流れ島10s

流れ島流離譚 10

 先導してくれるのかと思いきや、ふかふかした腕をしきりに上下に動かし、「どうぞ、どうぞ」と梯子の上を指す。
 シマナガシのことだ、半分くらい登ったところで梯子がぐらぐらゆれるだの、上から蛇のおもちゃが落ちてくるだの、幼稚なからくりを仕込んでいるかもしれない。疑いを込めて湿った目つきでじっと見ていると、
「いやだなあ、変ないたずらなんかしませんよ」
 妙に大きく明晰に言い切るのだからますます怪しいが、終いには諦めたらしく、
「しょうがないなあ」と梯子を登り始めた。
 ぱたん、ぱたん、と長い尻尾を左右に揺らしながらシマナガシの後ろ姿が滑らかに上昇してゆくのも妙な眺めで、普通の猫ならば梯子など登りもしないだろうに、手足の裏側で梯子段を交互にグリップする器用さは、人間同様、どころか人間以上のようなのである。
 いつまでも見物していても仕方がないので私も後に続く。

 登りきらないうちに何かがおかしいと気がついた。思えば、意識がそれをとらえるのに一歩先んじて、足元をすくわれるような違和感で手足は軽く震え出していた。気づいてみれば、なぜ見えなかったかと首をひねるほど大きなものが、はじめから目の前にあったのだ。
 明るすぎる。最初に足を踏み入れた部屋も随分と明るかった。窓は隠れていたが、カーテンを開ければ太陽光が射し込んでくると予測されるには十分だった。あれほど長い階段を降りて着いた先ならば地下のはずなのに、カーテンの後ろに強力な光源でも隠してあるのだろうか。そして、梯子の上から注ぎ込む光は、明らかに階下の光量を上回っており、眩しいほどなのなのだ。
 最後の段に手をかけ、一歩を進めるのは怖かった。ちょっと足を踏み外したら落ちてゆきそうな恐怖というものがあるが、今感じているのは、すでに足は踏み外したがいつ落ち始めるかわからない恐怖で、果たして床、つまりは階下にとっての天井から頭を出した瞬間に、恐れていたものは目に入ってしまった。
「ここは地下室だったんじゃ……?」
 しばらくの絶句の後、口から出たのはそんな、確かに非常につまらない文言だったが、
「そういうつまらないことを気にしているようでは、いけませんねえ」
 わざわざシマナガシに指摘されると腹が立つ。
 だが腹を立てているいとまなどなく、とにかく驚くことになるのだ。
 向かって右の壁がほぼ全面にわたって窓になっているのだから。そこは島の一方向を見渡せる展望室だった。

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