物語に惹かれて、取り憑かれて
読書は知らない世界へ飛び込む疑似体験だ。
作品によって雰囲気はそれぞれ。澄んだ青空みたいに爽やかな物語や、夏の海のような青春を感じるストーリーもあれば、真夜中のような暗い怪談や、ドロドロと粘っこい小説だってある。
リアリティがある作品の登場人物に感情移入するのは現実味があって楽しいし、ファンタジーの世界にのめり込めば現実逃避することができる。初めて読む時と二回目を読む時に捉え方が違うのも不思議な感覚だし、読んでいる時の気分によってストーリーの感じ方が変わるのも面白い。
もちろん、人によって好みのジャンルは違う。似た好みの人を見つければテンションが上がるし、好みの違う人からオススメされた作品を読めば新しい発見がある。感想を交換すれば話が弾む。つまり小説は物語を楽しむだけじゃない。感想を言い合ったり、好みを語り合ったりするのも醍醐味のひとつだ。読者同士にしか味わえない甘美が確かに存在する。
ちなみに私は暗い作品を好む。背筋の凍るような恐怖や、後味が悪い結末が心地良く感じるのだ。逆に明るい作品を読む機会が少ない理由は、結末が分かってしまって退屈に感じてしまうからだ。しかし、全く読まないわけではない。明るい作品はハッピーエンドで終わるという安心感がある。文字通り、幸せな気分になれる。最高だ。
なんでも読む。ジャンルで作品を毛嫌いしたくない理由は、食わず嫌いをしたくないから。食わず嫌いをする人はその料理の食べ方を知らないだけ。世の中の全てを地球の裏側まで知りたいとは思わないが、未知の領域はロマンを感じる。ロマンを語る私は、ロマンチストか厨二病なのだろう、おそらく後者だ。
しかし、いくら小説を読んだからって、夏目漱石のように「月が綺麗ですね」なんてお洒落な告白は思いつかない。どうやら私の人生は、絵に描いた物語のようにロマンチックには進まないらしい。だったら変わらず、これからも無垢な瞳で空を見上げたい。
たまにSNS上で好きな小説を聞かれることがある。好きな小説を教えるのは自己紹介のようなものだ。もしかすると自分で自分を語るよりもより多くのことを語ってくれるかもしれない。
好きな小説を10冊も教えたら大変だ。自分すらも意識していない趣味嗜好が筒抜けになる。恥ずかしい気持ちもあるが、しかしそれが楽しくもある。私も色んな人の好きな小説を知りたい。
ふと考える。自分が死ぬまでにあと何冊の作品を読むことができるのか。時間は有限だから、毎日削っている鉛筆みたいに段々と寿命が短くなっている。人生は儚い。いつか、いつか運命を感じるような作品に巡り逢えるのだろうか。
小説の中には登場人物の人生があり、物語がある。つまりは全てがある。小説の魅力に取り憑かれて、今日も私は物語を読むためにページをめくる。冬になれば白い雪が舞い落ちるみたいに、夜になれば夜空を見上げる。
現実世界には永遠なんてものは何もない。それに比べて、物語は常に永遠だ。なぜなら作者が死んでも物語は語り継がれる。そんな刹那に、私は心が奪われる。魂が惹かれるほどの魅力を感じているのだ。