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陳舜臣 『曹操 魏の曹一族』 中公文庫

 『三国志』で有名な魏の曹操、字は孟徳(A.D.155-220)。
『三国志』に「治世の能臣、乱世の姦雄」、『後漢書』に「清平(平和時)の姦賊、乱世の英雄」と書かれ、東北大学の寺田隆信さんは「人生の大半を戦陣の緊張と危険のなかに過ごし、政治にも関わりながら、学問と詩作を廃することなく、他の諸芸にも曹操は多能であった。彼ほど多才な人物は、中国の長い歴史おいても稀れであったろう」と書く。
 この曹操を、中国史の「物語の達人」陳舜臣が取り上げたのが本書である。今回久しぶりに読み返して、陳舜臣の平易な文章に改めて感動するとともに、よく言えば「上品」、悪く言えば「少々色っぽさが足りない」描き方に懐かしさを覚えた。そう、この本では曹操は「姦雄」ではなく「英雄」として描かれている。

 ところで『三国志』には、魏を滅ぼした西晋の時代に書かれた正史『三国志』と、後年の明の時代に書かれた小説『三国志演義』が存在し、私たちがよく知る「情けに厚い劉備玄徳」「残虐非道の曹操孟徳」というイメージは専ら小説『三国志演義』によっている。この辺りは、NHK高校講座の説明がわかりやすい。


 本書の「曹操」は常に天下に人材を求め、敵を味方に変えることを考えている(これは私の30年のサラリーマン人生で、ついに実現できなかったこと。この辺りに陳舜臣の考える「英雄像」がうかがえ、大変興味深い)。曹家にとって災いとなりそうな人物は躊躇なく殺す一方で、後継者選びに悩み、息子の延命を画策する父親でもある。解説の加藤徹さん(明治大学教授)も「むしろ古くてオーソドックス(な曹操像)」であるという。この加藤さんを調べていたら、7年前の記事を見つけた。面白そうな方だ。

 曹操というと、どうしても「蒼天航路」のかっこいいイメージが抜けないのだが、実際は東晋(魏を滅ぼした西晋の後継政権)の時代に書かれた『魏志春秋』に

「魏武王姿貌短小、神明英徹」
魏の武王は、小柄だったが賢く英明であった。

とあるように、体格には恵まれなかったという。でも友人を見ても、小柄な方が負けん気の強い努力家が多い気がする。

 今回、この本の続編として『曹操残夢』という本があることを知った。すでに曹操は、部下の司馬懿(しばい、字は仲達)の有能を見抜き、
「(この男は殺さねばならぬかな?)と考えていた。」(下巻268ページ)
が、生きながらえた司馬懿の孫、司馬炎が曹王朝に引導を渡すことになる。

「『三国志』武帝紀は、曹操伝の総括として、つぎのようにしめくくっているーー
ーーそもそも彼は非常の人、超世(時代をこえた)の傑というべきである。」(下巻303ページ)

 陳舜臣は、司馬遼太郎の中国史バージョンなのか?と思いつつ、近々読んでみたい。

 


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