見出し画像

③大学院に行こうと思ったこと(2020年1月)

 反則かもしれないが、大学院を受ける当時の手記を見つけてしまった。本人的には、タイムラグが面白いのだけど、まあ皆さんにはどうかな?と思いつつ、かさぶたの生々しさを感じたくて再録させて頂きます。すごい雨。

*************************
 
 2018年の人事異動で後輩に抜かれた。しかも内示されていた「昇進」もかなわなかった。あの日の私の写真は複雑な顔をしている。口角こそ上がってはいるものの、目には力がなく悔しさと無力感が漂っている。これでは行けない、このままでは行けないと思った。

 大学受験に失敗し浪人していたとき、父が突然私の部屋に来たことがある。長い海外駐在を単身赴任で勤め、本社に戻ってきた父が「出向になった」と言った。その時、不意に父が涙をぬぐった瞬間を私は見逃さなかった。サラリーマンの転機だったと思う。その時が、私にも訪れたのだ。

 何をすればいいのか?私は急逝した恩人の編集者の言葉を思い出していた。「いつか次の本を世に出しなさい」。しかし怠け者の私は、彼女の言葉を実現することなく10年が経とうとしていた。そうだ、書かなければならない。でも自分ひとりでは書けそうもない。どうする?書かなければならない環境に身を置くしかない。それには大学院が早道だと考えた。見渡せば社会人の知り合いも結構、大学院に通っている。私の場合、東京大学に入れなかったという長年のコンプレックスもあり、東大を受けることにした。

 私の合格を知った友人が「お前は何を目指しているのか?」と聞く。私にはうまく答えることができない。ただ新しい環境に身をおけば、それなりに球は転がり出すだろうと思っている。新しい学び、新しい出会い、新しい生活。年を食ってはいるが、虚心坦懐で挑戦できればそれでいいのではないか?今はそう考えている。(2020年1月記)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?