私たちは初音ミクを愛していたのか?——彼女と私とインターネットについて
見出し画像

私たちは初音ミクを愛していたのか?——彼女と私とインターネットについて

(約15,000字)

この記事は自由に価格を付けられます。
https://paypal.me/ukiyojingu/1000JPY

はじめに

 私は2010年代からボーカロイド文化に触れ、その変化をずっと見てきたが、一方で「初音ミク」とか「鏡音リン」といった特有のキャラクターが好きだったというわけではなかった。どちらかといえば、それらを通し、数多くの匿名ユーザーたちが一つに繋がり、環境を盛り上げていく光景が好きだったのだ。そういう意味で、私は初音ミクを愛していなかったと思うが、そうしたかつてのインターネットを象徴する存在として、当時から初音ミクは受け入れられてきたことは間違いことだった。彼女は紛れなく、さまざまなユーザーを「接続」していくという、今は無きインターネットの世界におけるアイドルだったのだ。

 いつもの点は線となり、いくつもの線は円となってすべて繋げてく——2011年にlivetuneによって公開された「Tell Your World」は、私にそうしたインターネットのイメージを大きく与えた楽曲だった。1990年代より登場したインターネットは、ことに国内においては数多くのユーザーをつなげるためのプラットフォームとして作用し続けた。1999年に登場したネット掲示板「2ちゃんねる」では多くのユーザーがAAやコピペによって連帯し、新世紀の到来とともに「電車男」が生み出された。その一方で、細田守によって作成された「デジモンアドベンチャー 僕らのウォーゲーム!」が劇場公開され、多くのネットユーザーから応援を受けながら、アグモンとガブモンはオメガモンへと進化した。そうしたインターネットに対する期待が大きく込められた時代背景とともに育った初音ミクは、ニコニコ動画の成長に呼応するように、北国から世界へと飛び立っていった——。そうした時期を少年として過ごした私にとって、「Tell Your World」は紛れもなく、大きな存在だった。

 2021年の今、こうした彼女の「いくつもの線は円になってすべて繋げてく」思想は、どこへ行ってしまったのだろうか。彼女が企てた「接続」は私にとってまさにインターネットを象徴する存在だったのは紛れもないが、いつしかそうしたことは語られなくなってしまい、今では跡形も無くなってしまったように思える。そうした私の予感を裏付けるかのように、初音ミクを中心として開催される一大イベントたる「マジカルミライ2020」の代表曲には「愛されなくても君がいる」という曲が選出された。「(みんなに)愛されなくても君がいる」と言ってしまう2020年の彼女は、当時のインターネットから見てどう思われるべきなのだろう。そもそも、初音ミクを「接続」の代弁者として考えてしまう私が、そもそも誤っているのだろうか。

 私はこうした点から、私は自身が初音ミクを本当に愛していたかを考える必要に駆られていた。すなわち、彼女がいったいどのようなものであったかを考える必要があるということだ。仮に彼女をインターネット上でユーザー同士を「接続」する存在だったとみなすのなら、それが跡形も無くなり、数多くのネットユーザーたちによってバラバラに切り刻まれた彼女を前に、私は何を言うべきなのだろう。この先、私は私自身の記憶をたどりながら、彼女がどのように発展してきたかを見つめていくことを通し、私自身を振り返るとともに彼女がどのような存在だったかを、確かめに行きたい。その始点は、彼女が生まれた2007年にあたる。

機械に人権が与えられる?——メディアアート的試行材料としてのミク

 初音ミクは2007年8月31日に生まれた。それは元々「ソフトシンセサイザー」であり、極論を言ってしまえばただの楽器だ。株式会社ヤマハが開発した歌声合成システム及びそのアプリケーションの総称である「VOCALOID」のエンジンを使用して作成された初音ミクは、従来の製品と異なりキャラクター情報として三枚のイラストと身長、年齢、体重といったキャラクター情報が提示するとともに、声優の藤田咲を採用した。そうした従来の販売手法とは明らかに異なる販売手法によって世でることとなった初音ミクは、それ以前にあったMEIKOやKAITOと異なり、売り出しの時点より明らかに「萌え」をターゲットにしている。

 そうしたターゲットの絞りこみによって、従来はプロミュージシャンの楽曲制作用ツールとして受容されていたVOCALOIDは、パソコンにも詳しかった当時のオタクたちに受容されていった。先に述べたように、2000年代は90年代に生まれたインターネットの思想が次第に現実化された時代であり、ことにそれを下支えしたのは日本国内特有の、オタクたちによって作られた文化だった。90年代にWWWがアメリカ上で発展する際、そこにはインターネットを従来の政治空間と隔絶された新しい政治空間であることを主張する政治思想が存在していたことは歴史的事実として語られているが、一方でそうした萌芽期のインターネット思想は国内では輸入されることもなく、代わりに当時は雑誌の通信欄で行われていたようなコミュニケーションの舞台として、国内ネット文化はアングラな空間を形成してきた。そうした思想はかつて国内に大きな影響を与えてきた、ネット掲示板「2ちゃんねる」を参照すると明らかだろう。情報社会学者の濱野智史によって「フロー」と「コピペ」という2項目で開設された2ちゃんねるは、まさに「面白ければなんでもよい」という思想に支持されながら、多くのムーブメントを形成していった。そうした歴史は、批評家の村上裕一が「フロート」と称したものであるだろう。

 国内ネット文化は政治性を失ったまま、オタク的知識を共有しあうフィールドとして受容されてきた。そうしたマイナーな文化としてのオタクたちの受容にまるで応答する様にデザインされた初音ミクのキャラクターデザインは、すでにサービス開始より1年が経過したニコニコ動画上で、「東方アレンジ」「アイドルマスター」とともに注目された。批評家の東浩紀が「データベース型消費」を提唱し、あらゆる「萌え」が要素ごとに消費されるようになっていったあの時代——「あの時代」は今でも続いているのかもしれないが——の中で、ロングの髪やツインテール、ミニスカートといった各要素は、まさに当時の「萌え」をピンポイントで貫いていた。そうして北海道よりデビューした初音ミクだ、その最初期は特段、オタクたちにとって「新しい楽器」として、つまりはシンセサイザーとして受け入れられていた。彼女が発売された4日後、2007年9月4日に投稿された「【動画】VOCALOID2初音ミクに「Ievan Polkka」を歌わせてみた」という動画は、フラッシュムービーである「ロイツマ・ガール」をパロディした動画として有名だ。この動画は初音ミクから等身を下げたデフォルメキャラの「はちゅねみく」を生み出し、元の動画同様にネギを持たせたことから「ミク=ネギ」のイメージの最も初めとされている。「ネギ」のイメージを定着させた点でいたって重要な歴史的な本動画であるが、これがソフトの発売からほんの4日で投稿されていることは、最初期の彼女がいかに後に「ボカロP」と出会ったかを如実に語ってくれる。2007年に登場する最初期の初音ミクは、オリジナル曲を歌うことも無ければ、VOCALOIDというものの扱い方を知らなかった当時のユーザーたちにとって、数多くの実験の被検体と見なされていた。その様相は、登場時こそキャラクターとして、まるで一人の人間であるかのようにプロデュースされて登場しているものの、そこに彼女の人権は認められなかったかのように見える。こうした動画を見ていると、当時の初音ミクに付与されたキャラクター性は確かにボカロPたちを振り向かせることに成功はしたものの、まだその性質を十分に活かしきれないままだったのではないかと、言えるだろう。無論、このときの初音ミクにはまだ「接続」の思想は見えていない。

 そうして最初期に無視された彼女の人権は次第に認められることになり、それにつれて彼女は「シンセサイザー」という枠組みを徐々に超えていくことになる。「ネギ」から約2か月後の2007年10月31日に投稿された「【ネギ踊り】みっくみくにしてあげる♪【サビだけ】」は、彼女に対する「ネギ」のイメージをさらに拡散させることに貢献した。そうした点でも注目に値するだろうが、本動画において何より特徴的なのは、まるで初音ミクが主体的に自身のことを歌っているかのように、歌詞が用意されていることだろう。「みっくみっくにしてあげる」とはいうが、いったい誰が「みっくみっく」にするのか。その答えはもちろん、初音ミク自身だった。こうした変化は「【動画】VOCALOID2初音ミクに「Ievan Polkka」を歌わせてみた」には見られなかった点であり、次第に初音ミクがまるで自我を持ち、ボカロPたちに自己紹介をしているかのような楽曲が、最初期に増えていくことになる。まるで自己紹介のごとく初音ミクに自身を歌わせるという傾向は、2007年の最初期における初音ミクの特徴だ。「暴走P」ことcosMoによって作成された「初音ミクの消失」(2007年)は、その歌詞の内容だけでなく、シンセサイザーとしての初音ミクの特徴を全面的に活かして作成されている。楽曲内では彼女が機械であるということ(=シンセサイザーであること)への葛藤が描かれ、そうしたメッセージはもはや人間が歌うことを前提としないような、異常な早口で歌われている。本楽曲の多くはこうした異常な早口とボーカロイドの存在がどのようなものであるかを時にシリアスに語り上げることで、最初期の初音ミクがどのように受容されたかを考えるヒントを提供しているだろう。そこには彼女自身が「機械」でありながらも、徐々に承認されていく彼女自身の人権との間で揺れ動き、スキゾフレニックな状態となっている。

 生まれたばかりの彼女はまだ「VOCALOID」でしかなかったものの、その存在に注目が集まることによって、次第に「初音ミク」として人権が承認されていった。とはいうものの、その人権が全面的に受容されてもなく、そうした様相は彼女自身が「機械」であるか否かを巡って分裂している二つの心境として、楽曲に反映されていた。彼女はそうした葛藤のなかで考え続け、そしてその葛藤をそのまま音楽にしたのだ。まさしく初音ミクという存在がいかなる存在であるかを歌い続けた初期のボカロ文化は、そのメディアとしての「機械」がいかなるものであるかを表現することを目標にしてきたという点において、あたかも20世紀から登場してきたメディアアート作品のようにも見える。メディアアートは登場から今日に至るまでの間、延々とそのメディアが何であるか(メディアスペシフィティ)を作品として表象してきた。そうした前提を受け入れれば、彼女が一体何者なのかを表象することに努めてきた最初期のボーカロイド楽曲たちは、まさに初音ミクを使用したメディアアート作品と称するに値するものたちだったのだ。

作り手の思いを伝えるだけ——だがそこに愛はあったのか?

 こうしたメディアアート的初音ミクは、同年発生する「メルトショック」によって、転換点を迎えることになった。彼女が彼女自身のことを歌わなくなったことが論争の最も大きな点として注目を浴びたこの事件は、のちに彼女がボカロP自身の感情を歌い上げるためのツールとして使用されることを肯定する風潮を作り出した。「初音ミクがオリジナル曲を歌ってくれたよ「メルト」」は、そうした初音ミクの新しい方向性の中心にあった。本楽曲で登場する少女のようなキャラクターは決して初音ミクである必要性はなく、他の存在でも代入可能となっている。そうした変化から彼女自身のことを彼女が歌う必要にかられなくなったことで、結果として数多くの新規ユーザーの参入を可能にし、また歌唱者が決して初音ミクである必要がなく別人を代入してもよいという点から、今日の「歌い手」と称される人々が参入する間隙をも用意した。しかしながら、そうした問題は一方で、初音ミクが彼女として存在する必要性をも奪い去ってしまい、あるいは一時的に認められた彼女の人権を奪い取るような行為であったのかもしれない。そうしたことが、2010年代におけるボカロ終末論——数多くのユーザーがボカロをメジャーデビューのための「踏み台」として使用する状況——を形成はしただろう。そうした問題は、いまだにボーカロイド文化に暗い影を残しているようにも見える。

 かくして、新規参入のための余白を大いに残した彼女は、自身がかつてまで抱えていた葛藤を一度棚上げしながらも、2000年代から2010年代の間に大きく躍進していく。そうした飛躍は、先に見てきた「接続」の思想と合流することによって、彼女を「接続」を象徴するアイドル的存在とたらしめることに成功させ、そして彼女を海外へと輸出させた。そうした流れはまさに、彼女が過ごした最初期とは大きく異なったものであり、ハッシュタグとともに彼女が新しいムーヴメントを起こそうとしているような勢いを私に感じさせていた。そうして、2011年に「Tell Your World」が登場する。初めに記した通り、本楽曲はまさしく1990年代から続いたインターネットの文化を継承した、2000年代インターネットの夢が生み出した産物だ。そうした点はここまで参照してきた本楽曲の歌詞に散見されるが、それだけでなく、本楽曲がGoogle ChromeのCMとしてYouTube上で公開されてきたことも無視できないだろう。国内初の動画投稿サイトであるニコニコ動画は国内がメインターゲットだったのに対し、Googleは今でも世界規模でインターネットのインフラを構築し続けている企業だ。そうしたインターネットの思想を表現するには、本楽曲はニコニコ動画ではなくYouTubeで公開される必要があったのだ。無論、実際はYouTubeがGoogle傘下のサイトであることが事情であるものの、こうした面を無視することはできなかっただろう。

 「接続」を象徴する存在として、彼女は閉鎖的なニコニコ動画から抜け出し、YouTubeへ手を伸ばした。その一方で、残されたニコニコ動画では国内ネット文化のアングラ文化を継承した楽曲が登場し、当時の中高生を中心に支持を得ていた。「Tell Your World」のまさに同年に投稿された「【初音ミク】カゲロウデイズ【オリジナルPV】」は、Tell Your Worldにおけるグローバルなネット思想とはまた異なった、接続の思想を内包させてきた。本楽曲はのちに作曲者である「自然の敵P」ことじんによって「カゲロウプロジェクト」と称される楽曲プロジェクトの一部として組み込まれることとなり、本曲を表題とした小説なども後に販売されている。カゲロウプロジェクトはおよそ8歳から18歳までの少年少女たちが中心人物となり、大人たちとの闘いが描写されて行く物語であるが、こうした少年少女が団結して権威と戦うという姿勢は、かつての国内ネット文化における2ちゃんねる的な、匿名のユーザーたちが連帯することによって権威や倫理を乗り越えていく姿勢と、どこか類似している。こうしたネット文化はまさに、垣根を超えてグローバルに接続するTell Your Worldの「接続」の思想と類似する点はあるものの、全面的な接続には賛同せずに自身の場所——2ちゃんねるの掲示板であり、カゲロウプロジェクトにおける少年少女たちの「秘密基地」——として、国内のニコニコ動画という限定的なフィールドで展開されてきた。

 このように、2000年代的の「接続」の思想を背景に、2011年に彼女は一方で「Tell Your World」を通して世界に羽ばたき、他方で「カゲロウデイズ」を通して国内ネット文化を継承した。それらはいずれもキャラクターを通してユーザー同士が連帯するものであり、ここにはもはや彼女が生まれた際に語られた自身の葛藤の表象は跡形もない。そう言った点で、これまでの彼女の歴史の中で最も注目を集めていた時期にあたるだろう2010年代最初期の彼女は、ある意味で彼女の分裂した精神状態についてを内部留保してしまいながら、別の方面に足を傾けているともいえる。かつてほど、彼女である必要性を失いながら…

 こうした「接続」の思想は2010年代の間に衰退化し、その影響を受けながら初音ミクは変化していくこととなる。その変化をもたらした大きな転換点は、2011年に発生した未曾有の大災害だった。

「みんな」から「あなた」へ——夢の残骸を抱えながらも進みだす

 2011年3月11日に起きた、近年でも最大規模であった未曽有の災害は日本国内に深刻な打撃を与えるだけでなく、2000年代の「接続」をも断ち切った。それまでの間、形はどうあれユーザーはインターネットを通して「接続」し、多様にコミュニケーションを繰り広げていた。そうした「接続」は私たちをデータとして、アルゴリズムによって変換可能な要素にしてしまうことによって成り立っていたのだが、そうしたアルゴリズムは大震災によってもたらされた瓦礫や大津波を前に、ただ立ち尽くすしかなかった。まさに戦争体験の表象不可能性という問題に同じく、インターネットはこの災害をアルゴリズム的に回収することの不可能を自覚するのであった。それだけでなく、メルトダウンを通し、私たちは専門家によって安全とされてきた基準が崩壊する様を目にすることで、科学に対する反動運動が2010年代の間に生まれた。こうした反知性主義は、今日の感染症やワクチンに対するあまりにも陰謀論じみた議論が趨勢している状況を前に、今現在でも続いていると考えるほうが妥当だろう。

 そうした激動の2010年代において、初音ミクの「接続」思想は断念させられることになる。そんななか、彼女は世界中をつなげるのではなく、ユーザーであるボカロP自身とのつながりを再度、確かめ始めるのであった。震災から1年後に公開された「ODDS & ENDS」には、そうした傾向がすでに反映されている。「がらくた」という意味のタイトルがつけられた本楽曲において、彼女はユーザー同士を接続するメディアとしてでなく、ユーザーの代弁者として、ボカロPたちに語り掛けてる。本楽曲の歌詞は一貫して初音ミクからボカロPに対するメッセージとして作成されており、そうしたメッセージ性によって、本曲はかつて最初期にあった初音ミクによる自己紹介ソングのような、自身が何者であるかをつらつらと語りだす時代に、部分的には回帰しているといえるだろう。それだけにとどまらず、本曲は人間と初音ミクが、音楽と映像の二点においても融合がなされていることに、私たちは着目すべきだ。本楽曲で使用されている初音ミクに特徴的な「息使い」は、実は人間の声が使用されている(息を入れているのは、後にryoの楽曲提供のもとデビューするTiaである)。それだけでなく、YouTubeにて投稿された本楽曲のMV(公式動画は現在非公開)では、小さなおもちゃのようなロボットと、演奏する4人の人間が映像の主役となるように配置され、あくまで彼女が中心に据えられているわけではない。こうした初音ミク楽曲に対する人間的要素の追加は、それ以前までのいかに人間ぽく近づけるかという意味でも初音ミクの表現とも異なっている。そこにいるのは「調教によって人間らしく近づいた初音ミク」ではなく「人間そのもの」なのだから。そうして「初音ミク」でなく「人間」をより表面的に提示した本楽曲は、まさに彼女自身のことも歌うような最初期の彼女——自身を「機械」と見なし葛藤する彼女——を想起させるような一面も感じさせられる。そこには、従来のユーザー間の「接続」ではない、よりパーソナルなボカロPとミクとの関係があっただろう。こうした初音ミクの新しい人間らしさの提示、そしてそれを通してよりボカロPたちと近づいていこうとする流れは、定期的に行われる初音ミクのライブ映像の中にもみられる。彼女が出演するライブではステージ上に設置されたスクリーン上で初音ミクが歌い、そして踊る。当然のことながら、現実的な話として初音ミクが楽器陣とともにリアルタイムで歌うことが技術的に不可能なことであり、あらかじめ入力された歌声のプログラムに合わせ、楽器陣は演奏するようになっているだろう。そういう意味では至って機械的にライブは進行しており、特に演奏する側はアドリブもなかなかできないような状況だ。しかし、「ODDS & ENDS」がライブで演奏される際には、楽曲の最後のパートに至る間に、若干の無音ののちに彼女がアドリブをするかのように歌いだすという演出がなされている。無論、これらの演出はプログラムされたものであり、演奏者はそれを理解したうえで演奏している。しかしながら、このような演出は生演奏で実際に演奏される楽器陣によって打ち消され、まるでライブ特有の演出化のようにも見えるようにされる。そうした新しい演出の可能性と、あたかも人間のように見えるふるまい、そしてボカロPという特定の対象のみに向けられるような歌詞。「ODDS & ENDS」はこれらの要素を複合させることによって、ユーザー間を接続することをうたった「Tell Your World」ともまた異なった、新しい光景を提示した。こうした流れはしばらくの間見られることになり、初音ミク5周年を記念して作成された「sasakure.UK x DECO*27 - 39 feat. 初音ミク」等にも反映された。本楽曲も「ODDS & ENDS」に同じく、決して接続に対する理想主義的な面を前面化するわけでなく、接続によるグローバル的な世界を目指すのではないあり方として、あなたと私の関係が提示されている。そうした点からも、当時の初音ミクがどのように見られていたかがここから見えてくるだろう。

 ここまで2011年からの大きな転換として「切断」的思想の断念とそれに代わる新しい初音ミクとボカロPの在り方を見てきた。たが、ここで注目しなければならないのは、これらのいずれもがニコニコ動画に投稿されたMVまたはライブ映像ではないという点だ。では、震災後のニコニコ動画はどうだったのだろう。2010年代前半のニコニコ動画はいまだにカゲロウプロジェクトが人気を博し、一方で米津玄師をはじめとした国民的アーティストが少しずつメジャーデビューをしていった時期だった。初音ミクが抱いていた「接続」の思想が震災を通して失われていったことは先述の通りだが、一方で過剰に接続することも嫌ったカゲロウプロジェクトは、そうした影響を受けることもなく、翌年以降も粛々と新曲を公開し続けた。が、それもじきに終わりを迎えることになる。カゲロウプロジェクト全体の終わりの曲として翌2013年に公開された「サマータイムレコード」はカゲロウプロジェクト全体のエンディングテーマとして公開され、8月15日をめぐるさまざまな楽曲の終わりとして受け入れられた。本楽曲はアルバム「メカクシティレコーズ」の最後に収録されている点からも、本楽曲がいかに完成された形でリスナーに提供されているかが明らかだろう。じんはその後2017年に「メカクシティリロード」を発売する形で新しくカゲロウプロジェクトを継続するが、2013年に一度こうして終了させていることは、ニコニコ動画上でも接続の時代が終わった影響が出現している例として、考えるべきだろう。

 もう一つ特筆すべきこととして、先に記したある種の「ボカロ踏み台論」的な問題がこの時期に現実化していることだろう。無論、これまでのボカロ文化においてもsupercellやlivetuneのようにメジャーデビューを果たすボカロPはいたものの、彼女らは初音ミクによる歌からスタートし、そして次第にプロの歌手に歌唱してもらう方向をとっていった。しかし、そうした事例に続くように、ボカロPたちは有名になっていくにつれて自身の声で歌い始め、そしてデビューしていった。そうした事例は米津玄師やヒトリエにみられるだろう。「ゴーゴー幽霊船」はニコニコ動画にも投稿された楽曲であるものの、次第にニコニコ動画の土壌から離れていった彼は、今や言わずもがな国民的歌手だ。「現実逃避P」ことwowakaは「アンハッピーリフレイン」をリリース後ロックバンドとして活動し、2014年に「センスレス・ワンダー」にてメジャーデビューしている。そうしてロックバンドの世界を突き進むwowakaは31歳にして急性心不全となり、2019年にこの世を去ってしまうものの、バンドはスリーピースとなって現在でも活動中だ。

 こうした変化は、かつて自身の葛藤を歌った2007年登場時に近い様相でありながらも、2000年代における「接続」思想の代弁者として活躍していった時期とその喪失の時期を経ることによって、残骸として残った「接続」思想との結合の結果として形成された新しい状況だと考えるべきだろう。「39 feat.初音ミク」の歌詞に「久しぶり」という言葉が使用されているように、この時期は初音ミクにおける「接続」の思想が断念され、そして初音ミクやボーカロイド文化のもとで成長したボカロPたちが自身の声で歌を歌い始めた点において、ある意味で初音ミクの暗黒時代だったのかもしれない。夢が断念され、自分自身のことをまさに「がらくた」と言いながらも、それでも「あなた」にだけは承認されたいと、この時期の彼女は歌う。そこから先、彼女は一体どうするのだろう。

「あなた」を諦め、別れを告げる?——2インチにも満たない壁を前に

 こうして、彼女は「接続」の終焉と「切断」の到来を迎え、そして数多くの有名ボカロPにも背中を向けられながら、ズタズタに切り裂かれた彼女は2010年代中盤を迎える。まるで鬱病であるかのような悲壮感を伴いながらも多くの歌を歌い続ける彼女は、2014年に投稿された「【初音ミク v3 English】 Glass Wall 【オリジナル曲】」にて、「ODDS & ENDS」にて提示した「あなた」への溢れんばかりの希望さえも、まるで捨て去ってしまっている。投稿者であるGuitarHeroPianoZeroは日本人ではなく、そうした投稿がニコニコ動画上でなされていることはある意味で、かつての初音ミクの「接続」の思想が成就したとも言えるだろう(そうした実現が2011年以後に到来していることは皮肉でしかないのだが)。しかし、その歌詞が果たして「接続」の希望に溢れているかといえば、全くもってそうではなかった。本曲タイトルの「Glass Wall」とはディスプレイのことであり、楽曲MVでは初音ミクが視聴者との間に敷かれた決して超えることのできない壁を前に、彼女が涙している様子が描かれている。楽曲の中で彼女は「このガラスの壁は私たちを隔てることはできない(This Glass Wall between us won't keep us apart)」と歌うものの、そのまえに「2インチにも満たない距離にいる貴方がとても遠く感じる(Less than 2 inches from you yet so far away)」ともいう。こうした楽曲の登場を、生誕から今に至るまでの彼女の歴史をもとに考えれば、そこに大きな意味が見えてくるだろう。「接続」が終わり、自身のことを「がらくた」とまで称しつつも、ユーザーとのつながりを確かめようとし、ただひたすらユーザーを肯定し支えたのが「ODDS & ENDS」だった。それを経て、本楽曲では初音ミクとユーザーとの間にある超えられない「断絶」が語られている。こうした変化は、「接続」思想を諦め、自己を否定しつつもユーザーを肯定的にとらえた初音ミクの心情を受け継ぎながら、それでも前を向いて「接続」しようとするという彼女の姿勢が、ある意味で限界を迎えているともいえる。私とあなたという関係であることは継続されつつも、そこに決して超えられない「ガラスの壁」を認知すること。そうして、2012年前後に見られた初音ミクによるユーザーへの接近は、ある種その限界を迎えている。

 こうしたなか、2017年に彼女は10歳を迎えた。挫折を経て一回り成長した彼女の10歳を祝福する様に、自身の声で歌う選択とった元ボカロPたちが楽曲を投稿するという、一種の祭りがそこで発生した。そこで注目されたのも、やはりハチとwowakaだった。有名ボカロPの久方ぶりの再投稿は界隈に大きな衝撃を与え、一時的な活性化をもたらしはしたものの、両者が用意した歌詞はいずれも、ボーカロイド文化に対していたって悲観的なものであった。ハチによる「砂の惑星」にはボーカロイド楽曲における数多くのモチーフが歌詞や映像の中に現われており、楽曲全体がボーカロイド10周年を意識して作られているが、「今後千年草も生えない砂の惑星」というように、現状をまさに悲観的に語り上げる。「砂の惑星」は言うまでもなくボーカロイド文化の比喩であり、彼はそれを「立ち入り禁止の札で満ちた」とまで称しているように、そこにはいたって閉塞的な空気感がある。その一方、wowakaによる「アンノウン・マザーグース」は彼が一貫して守り続けた映像形式を守りながらも、初音ミク自身の話と自身の話を混ぜ合わせる形で楽曲が制作されているといえる。「テノヒラ 」や「プリズムキューブ」などの楽曲に見られるように、彼は歌詞の中にネガティブな言葉を頻繁に詰め込むが、そうした言葉の用いられ方は本楽曲でも、あるいはヒトリエの楽曲でも同様だった。「繰り返す使いまわしの歌にまた耳を塞いだ」という歌詞は、いわゆる「ボカロっぽさ」を作り出した本人とまで称されるwowaka自身の様式が使いまわされることに対する批判か、あるいはボーカロイド文化においてN次創作的に連鎖していく創作への批判だろうか。あるいは、ヒトリエというバンドを始動させることによって結果的に初音ミクに背を向けたことに対する自責の念が、ここにあるのだろうか。本人がすでに帰らぬ人となった今ではその真相は予測することしかできないものの、オリジナルを無数に引用し続けることでユーザー間を「接続」し続けたニコニコ動画楽曲に対する批判を、彼は10周年を迎えた初音ミクに対する楽曲として提供したと考えることができるのなら、本楽曲はある意味で初音ミクに対し別れを告げた、といえるのかもしれない。そうした解釈は、2017年のボカロ文化を「砂の惑星」と称した米津玄師においても、同様にいえるだろう。

これから先に向けて―—私たちは彼女を弔うべきか?

 2007年にメディアアート的に生まれ、2000年代的「接続」思想の代弁者となった彼女は、震災によって直視せざるを得なくなった非合理的現実を前に、多くのユーザー同士を接続するのではなく次第に「あなた」を語ることを始めた。それはまるで、人と人とを安直につなげてしまうことに対するリスクを覚えた彼女が、まずは人間のことを深く知ろうとしているかのようにも見える。しかしながら2010年代にかけてかつてのユーザーは離れ、孤独になっていく悲しさをまるで彼女は歌うようになっていった。記念すべき10周年に投稿された2曲の初音ミク楽曲は、いずれも現状のボカロ環境に対する批判と、それに対する決別ともいえる楽曲だったことは、先に確認した通りだ。

 では、これから先のボーカロイド文化と彼女のあり方は、どうあるべきなのだろう。「マジカルミライ2018」のテーマソングになったOmoiによる「グリーンライツ・セレナーデ」は、ある意味で「ODDS & ENDS」が有していたリスナー=ボカロPを肯定するような、リスナーのための曲として用意された。かたや、「マジカルミライ2020」のテーマソングになったピノキオピ―による「愛されなくても君がいる」は、「Glass Wall」に内包された否定的なメッセージも含めての、深さを持ったメッセージを提供していると考えられるだろう。しかしながら、「接続」を断念した初音ミクがこれまで行ってきた変化は一貫して「あなた(リスナー=ボカロP)」との接続関係であり、そうした点に絞るなら、もしかする「ODDS & ENDS」以降、彼女はまだ根本的に新しい方向を示していないのではないだろうか。これから先に彼女がどのような選択をするのかによって大きく変わってくるのだろうが、もしそのような大きな変化が生じてこないのであれば、私たちを待ち受けるのはまさに「砂の惑星」だけかもしれない。

 もしそうした絶望的な未来しかないのなら、私たちがすべきことは一つ、初音ミクを弔って終わらせることだ。しかし、どのように終わらせるのか。そうしたことを考えるにあたって、私の胸中には同じように希望溢れる未来の象徴として扱われた「ドラえもん」を思い出した。京都で開催されている『THE ドラえもん展 KYOTO 2021』は、そうした弔いの手法を考えるにあたって有用な手段を提供してくれるだろう。東京からスタートして京都で現在開中の本展示は、今を生きるアーティストたちに対しそれぞれが思う「ドラえもん」を作品として表象することが一つのテーマであった。そうしたテーマをもとに、絵画や彫刻、衣服や映像といったバリエーション豊かなアーティストたちが一同に会してそれぞれの作品を制作していったのだが、私はそれらの作品を見ながらも、多くのアーティストがドラえもんに対し、ある種のノスタルジー的なものを表象しているように感じ取れた。それは、未来から来た希望溢れる存在ではなかったのだ。

 かつて高度経済成長における未来の象徴だったはずのドラえもんは、まるで未来が見えなくなってしまった平成の不況を前に、その姿を完全に失っている。そうした現実主義的視点からのある種のドラえもん否定は、本展覧会において展示されたアーティストの作品からも見ることができたように思えた。出典作家の佐藤雅晴によって作成された《かくれんぼ》は現代的視点からの喪失感をより直接的な手法によって映像化した作品として、私の記憶の中に強烈に残っていた。小学校や都会といった数多くの子どもを想起させる場面のうえに、作品上では3DCGで合成されたドラえもん背中を向けて、去っていくアニメーションが用意される。かくれんぼの音楽とともに鑑賞者に背を向けて去っていくドラえもんの光景はやがて小学校から舞台を移し、アニメを放送しているテレビ朝日屋上なども映る。そうした描写はドラえもんが現実に存在しないということだけでなく、テレビ朝日の屋上に設置されたドラえもんの看板やオブジェを映像に入れ込むことによって、それが消費社会向けに作成されたコンテンツであり、ドラえもんの世界が現実とは隔絶された空間にあることを私たちに再度提示している。

 現代的視点からのこうしたドラえもんを用いた表象は、失った「かつてのドラえもん」をどのようにして思い返すかという、ある種の「弔い」としての意味を強く持っている。そうした「失われたかつての夢」への弔いは、これから先の「初音ミク」に備えて、私たちは準備しておく必要があるのではないだろうか。2000年代と2010年代がおもな少年時代だった私は、インターネットの想像する夢としての初音ミクの登場と、その崩壊を見てきた。もっとも、登場してまだ20年も経過していないなかで彼女に「弔い」などという言葉は時期尚早なのかもしれないが、そうしたことは今後のボーカロイド文化上で、いつかは必要になるだろう。

 初音ミクは生命体ではない。だからこそ彼女は不死身であるし、N次創作的環境が存在し続ける限り、彼女はいつまでも存在し続けるのかもしれない。しかし彼女がコンテンツである限り、必ずどこかで彼女の「死」は訪れるだろう。それはまるで、私のなかのドラえもんに対するイメージが大山のぶ代であり、水田わさびではないように。だからこそ、必ず訪れるであろう彼女の「死」に向けて、私たちは私たちの愛をもって、弔う方法を考えなければならないのだ。

おわりに

 1990年代生まれの私は、当時のインターネットについてよく知らなければ、幼いころから海外に住んでいたがゆえ、日本文学に触れることもなかなか少なかった。私は小学生のころにデジモンが流行し、また2ちゃんねるが流行したが、そうした光景を私は日本から遠く離れた海外から見ているだけだった。だからこそ、私はかつて自分が憧れたインターネットのありし日の姿を、すでに書かれたものたちとわずかな自身の記憶からたどるしかない。

 しかしながら、いやだからこそ、私は私の知らない時代をこうして文章にしながら、かつてあったはずの初音ミクとインターネットを筆記している。そうした試みは明らかに主観的であり、したがってこうして書き続けてきた私の評論を、ある種の小説的なものへと変身もさせてくれる。私が書いた歴史は無論のこと私のものでしかないが、そもそもあらゆる歴史が小説的でもあったはずだ。だからこそ、私は主体性など持っているはずもない初音ミクのことを「彼女」と称し、その「生涯」を記した。そうした数多くの歴史——あるいは小説——が数多くの人々によって描かれ、それらが集積されることによってはじめて、決して「弔う」だけでない、新しい彼女を作り出すこともできるのではないだろうか。彼女を活かすも殺すも、その選択肢を握っているのはほかならぬ私たちなのだから。

※トップ画像は初音ミク公式画像を使用
Hatsune Miku / Crypton Future Media inc. / CC BY-NC
※本稿は株式会社はてな主催「はてなインターネット文学賞」の応募作です。
https://kakuyomu.jp/contests/hatena_internet_bungaku 
この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
いいねありがとうございます。
since2016。作曲と文筆。気に入ったら誰かお声がけください。 https://ukiyojingu.com/