見出し画像

ニコニコ動画及びボーカロイドカルチャーのアーカイブについて

(約5000字)

はじめに

最近、ボーカロイド文化の保存の必要性を説く主張がnoteやTwitterで散見されるような気がする。その影響は昨今のボーカロイド界隈をめぐる「衰退論」が背景にあるのだろうか。私はそもそも「衰退論」がどこから始まり、現在まで至っているのかを十分に知らない。しかし、少なくとも昨今の保存の必要性を説く議論の背景に「昨今のボーカロイドをめぐる文化が衰退気味であるため、完全に失われるために早急に保存する必要性がある」という論理を仮定することは決して難しくないように思える。

 しかし、一口に「保存」とはいえ、何をすればいいのか?そもそも「ボーカロイド文化とは何か」といった問いに対して、どのように応答すべきか?このような問いに対し明確な答えを筆者は持ちえないが、これにたいして少しながらでも貢献できるであろう、デジタルアーカイブをめぐる今日についての議論を参照していきたいと思う。

デジタルアーカイブとは

 まず差し当たって「デジタルアーカイブ」とは何かを紹介したい。これはあらゆるアート作品や遺産をデジタルデータとして保存することによって、その作品を劣化させることなく、そしてそのデータを世界中で閲覧可能にすることによって「いつ、どこでも」美術作品の疑似的な鑑賞体験ができるような試みである。主に20世紀後半のパソコンの登場、そしてその発展による高解像度な画像の保存が可能になって以降、芸術学(アート作品のデジタルアーカイブ化)や文化論(文化遺産のデジタルアーカイブ化)などの学問領域で行われている。

 本論では前者の芸術学においてのデジタルアーカイブ化について考えてみたい。これを考えるにおいて、アート作品と金銭的価値の関係から議論を始める必要がある。世界中で高級な工芸品や美術作品が年貢として領主に納めてきたように、人類の歴史の中でアート作品が金銭と結びつかなかったことはなかった。美術館や博物館が世界中で最初に誕生したとき、そこに収蔵された作品はその国由来の財宝や、あるいは自国の権威を示すために略奪されたり、購入されたりした作品だ。前者は京都の国立博物館、そして後者はアメリカのナショナル・ギャラリーなどが想定できるだろう。ここから見られるように、美術作品は所有者の権利の担保としての役目を有しており、それは美術館のように公共での所有の場合に限定されず、個人の所有の場合でも同じだ。多くの資産家は自らの資産を証明するために、作品を収集しやがて私設美術館を設立することになる。1976年に資産家J・ポール・ゲティによって執筆された自伝『私が見るがごとく』では、ゲティの芸術作品にたいしての強力な執念が見て取れるし、広告代理店代表のチャールズ・サーチは数多くの芸術作品の収集を行う背景で自社の広告をちりばめている。今日でも美術館は自身の権利を担保するものであるのと同時に、それ自体から金を生じさせるものになっている 。

 だが、美術作品の全てが大金を支払えば買えるということはない。美術業界で大革命でも生じない限り、ルーヴル美術館はモナ・リザを手放さない。そもそも、美術業界ではこの作品に価格はつけられないという認識がある。しかし、それでも美術業界は金を生み出し、介在活動の中にアート作品を埋め込んだ。今回のモナ・リザの場合であれば、「作品の図版複製権」だ。つまり、作品の図版を書籍や雑誌に形成する際に徴収するライセンス料を、金銭として販売することによって高額な美術作品たちは再び「金銭」となった。 

 このような美術作品の図版複製権を買収し、巨大なデジタルアーカイブを作成しているのが米マイクロソフト社のビル・ゲイツだ。彼が巨大な資産家であることに意義を唱える人間はいないだろうが、彼はその巨大な資産で「コービス」という子会社を設立、ルーヴル美術館やエルミタージュ美術館、ロンドンのナショナル・ギャラリーなどの所蔵品の複製権を獲得に一億ドル以上も消費し、百万点以上の美術作品をスキャンした。美術の教科書をはじめ、世界中の美術作品をまとめたカタログに形成されている美術作品の写真は、その作品自体は美術館の収蔵品であるが、その図版の権利はビル・ゲイツの経営する「コービス」の許可を得たうえで掲載されているのだ。このように見た際、ゲイツもやはり作品の収集を自身の資産の担保として有しているかもしれないが、しかし彼のこのような活動は美術作品の画像データが彼のもとに収集され、巨大なデジタルアーカイブを形成したことは事実だ。「コービス」の目標は高解像度でスキャンされた画像データをもとに、それを壁面上の巨大スクリーンに投影することで疑似的な美術館を作成することだ。今現在、巨大なスクリーンは家庭ごとにはないが、高解像度の美術作品を各自のパソコンから鑑賞することは可能になっている。ルーヴル美術館の大勢の人波にもまれながら本物かも分からないまま鑑賞するモナ・リザか、或いはデジタルデータではあるが非常に細かい筆の使い方までも分かるモナ・リザか、どちらが良いかの判断を下すのははなかなか悩ましいことだ。

メディア芸術の保存

 話を少しずつ狭めていきたい。ここまでデジタルアーカイブの中でも美術作品のアーカイブを見てきたが、今度はサブカルチャーのコンテンツについてだ。つい数年前に「クール・ジャパン」という表現の下で日本のメディア芸術(マンガ、アニメ、メディアアートなど)が世界中に輸出される中、日本国内ではこれらのメディア芸術をデータベース化し、保存する試みが開始された。それが文化庁のもとで作成される「文化庁メディア芸術データベース」だ(https://mediaarts-db.bunka.go.jp/?locale=ja )。この中では、平成22年度から開始され現在進行形で「マンガ」「アニメ」「ゲーム」「メディアアート」の4領域でデジタルアーカイブが進行している。先のビル・ゲイツが買収している「複製権」とは異なる点として、作品そのものが保存されているわけではなくそれに関するメタデータが保存されている点が言及できる。これは著作権の都合上のことでありやむを得ない事情と言わざるを得ないのだが、それでもこのデータベースに収蔵されている作品のメタデータ(マンガの書籍情報やゲームソフトの発売日、アニメのVHS発売日やメディアアートの展覧会開催日など)は膨大なものである。現状ではメディアアートのデータの少なさ(特に作品そのものではなく「展覧会の情報」である点ではメディアアートのデータベースであるとも言い難い)に問題はあるが、メディア芸術データベースの収蔵作品は今後も増加しており、今後に期待はできる。

メディア芸術データベースのウェブサイト

ボーカロイドカカルチャーは保存されているのか?

 さて、美術作品、メディア芸術と経由したが、いよいよニコニコ動画とボーカロイドカルチャーのアーカイブについて考えていきたい。上記のように、今日ではコンピュータとインターネットが高度に発展したがゆえ、あらゆる美術作品やコンテンツのデータが保存され巨大なデジタルアーカイブが作成されてきた。では、ニコニコ動画の場合はどうだろう?単純に考えればそれは「動画」だろう。しかし、YouTubeと比較したニコニコ動画の最も大きな点は「流れゆくコメント」であることは濱野(2008)でも言われているような重要なものである 。このことを踏まえるのであれば、ニコニコ動画カルチャーの保存は決してニコニコ動画そのものの動画の保存でも、その動画の情報についての保存でもない。それはつまり、「2ちゃんねる」以降受け継がれてきたコメントによる疑似的なコミュニケーションを内包したインターネットのウェブサイトそのものの保存である。したがって、ニコニコ動画カルチャーの保存は決してニコニコ動画で公開されている動画の保存ではない。

 では、どのようにしてニコニコ動画カルチャーを保存していけばいいのだろうか。最も単純な保存方法はウェブサイトの保存だ。そのサーバの管理者やサーバに契約しているものが削除しない限り、ウェブサイトは消えない。ウェブサイトのアドレスをどこかにメモし、それをいつでも見られるようにしておけば、そこにどのようなコメントがあったのかを見ることは可能であるだろう。wayback machine(https://archive.org/web/web.php )というウェブサイトのアーカイブには、特定のウェブサイトの過去の記録がどのようなものであったかといった過去のブラウザの状態がそこに保存されている。リンク先の変更などがない限り、これらのアドレス上に存在したものはおおよそ見ることが可能なのだ。

wayback machineを用いたニコニコ動画の画面。
画像は2014年8月21日当時の「ワールズエンド・ダンスホール」試聴画面である。

このように、ウェブブラウザ上でのコンテンツの一部は保存され、いつでも見られるようになっている。しかし、「ニコニコ動画カルチャー」という非常に大きな問題意識において、ウェブサイトの保存ですべてが完了するとは考えられない。ニコニコ動画やYouTubeといった動画投稿サイトの登場はおよそ2000年代中盤だが、それまでのインターネット上で作成された動画のほとんどはフラッシュ動画と言われ、これらは「おもしろフラッシュ倉庫」をはじめとした多くのウェブサイトでバラバラに保存されてきた。しかし、先述したようなGoogleによる2022年までのフラッシュの段階的廃止の影響を受け、これらのコンテンツも存続の危機にあることは言うまでもない。これらのコンテンツをどう保存し、どうアーカイブ化するかは、ニコニコ動画カルチャーの形成背景を知るにおいて重要な資料だ。

 さらにもう一つ、著作権の問題も避けられない。「メディア芸術データベース」が収集するコンテンツと同じく、ニコニコ動画上のコンテンツは最古の物でも13年ほどだ。現代社会において作成されたコンテンツの多くは著作権を有し、コンテンツそのものをデータベース化する際にはその作者に対して事前に承諾を得る必要がある。しかし、ニコニコ動画のコンテンツの全てで著作者の承諾を得ることはおそらく不可能だ。著作者の連絡先が取れないことは十分にあり得るし、諸事情で非公開に設定した動画についてはもはやメタデータの取得すら難しい。後者の場合は特に、著作者がデータの公開を希望していないからだ。このように、ニコニコ動画における著作の権利上、どうしても取得できないデータがある。これに加え、倫理的な問題なども関係してくるかもしれない。ニコニコ動画上で流行し今やYouTubeやTwitterでも散見される「淫夢ネタ」と称される一連のコンテンツは、必ずしも称賛されるものではないだろう。これらの現代のコンテンツを収集することならではの問題が、ニコニコ動画やボーカロイドカルチャーのデータベース化には関係してくるのだ。

おわりに

 本小論ではニコニコ動画及びボーカロイドカルチャーの保存、アーカイブ化について、いくつかの先行事例を参照しながらその方法と問題点を示してきた。ニコニコ動画カルチャーの保存のためには、その背景に存在する「フラッシュ動画」や「2ちゃんねる」を参照する必要はあるだろう。これらのコンテンツとニコニコ動画はつながっており、またニコニコ動画とTwitter、あるいはマストドンのようなSNSには何らかの繋がりがあるように思える(あえてインスタグラムとFacebookではなくマストドンを挙げておく)。この流れを把握して初めて、「ニコニコ動画」の文化は見えてくるだろう。

 だが、そのうえでニコニコ動画の文化を保存するにおいて方法的な問題があることも本論では述べてきた。著作権の問題は今日の社会の中でも神経質な問題であり、今日のTwitterが社会を監視する警察のようになった現代社会の中でこれを考慮しないことは大きな問題だ。だがその一方で、加速度的にコンテンツの誕生と消失が繰り返される現代社会ではアーカイブは早急に行われなければいけない問題だ。この問題にたいして明確な答えを示すことは困難だろう。だが、逆に著作権の問題をクリアすればコンテンツのアーカイブ化は早急に解決する問題だ。そのためには、我々全体の協力が必要になってくるだろう。

#音楽 #ukiyojingu #vocanote #VOCALOID


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?