見出し画像

浮世絵の絵の具ー青花紙ー

追記
青花紙:別称:「藍紙」「花田紙」「ぼうしがみ」「紺紙」「青紙」等。


露草は古くから彩色材料に用いられ、「万葉集」内の歌からもその利用が伺えます。
現代において青花は露草の栽培変種である「オオボウシバナ」を指しますが、古くは露草の通称として用いられました。
いつの頃から栽培変種であるところの青花が誕生したのかは不詳ですが、平賀源内「物類品隲」(1763)には、近江にある青花が通常の露草に比べ非常に大きなものであることが触れられています。
また青花紙という「紙に染液を染み込ませた」形態のものが、いつ頃発明されたのかも不詳ですが、経尊「名語記」(1274)には青花の語が花弁の搾汁を染み込ませた和紙の名称として記されています。また「青花紙」という名称自体の初出は松江重頼「毛吹草」(1645)と言われており、同書には近江東山道の名物として青花紙が言及されています。

歴史上における「青花」の彩色材料としての使用用途については未知のところもありますが、元禄期(1688年~1704年)頃からの友禅染めなどの発展に伴い、「水に流れ落ちる」というその性質から、友禅染めなど染織における下絵用の色材として青花紙は重宝され、盛んに生産されていたことが文献からは伺えます。
浮世絵においては早い時期の作品として、1760年頃に刊行された石川豊信「七福神宝船」にその検出例があります。
明和期(1764-72)の初め頃に鈴木春信から始まる錦絵において、その青色の変遷に着目した場合、青花紙はメインの青絵の具として文政期(1818~29)の中期頃まで使用され、それ以後は(1810年代後半から使用頻度が高まって来ていた)本藍がメインの青絵の具となります。(ベロ藍については次回述べます。)
但しこの青絵の具の変遷は、作品の青色部分に着目した場合であり、緑色部分に着目した場合、早い時期から青花紙よりも本藍の方が主体的に使われているように見受けられます。(本藍は退色に強いためそれと判断出来ます。)この理由については疑問に思っています。

画像3

使用例①右側に青花紙の色が残っており、その退色が確認出来ます。(オリジナルより。)  引用元   https://www.metmuseum.org/art/collection/search/56882?searchField=All&sortBy=Relevance&ft=harunobu&offset=20&rpp=20&pos=40

画像3

使用例②青花紙の退色例。(オリジナルより。)引用元(注:春画サイト) https://shungagallery.com/hokusai-for-sale/

画像4

使用例③青色の部分が青花紙を使用した箇所です。(自身の復刻より)

青花紙は文政中期以降、それ単体での使用はほとんどなくなりますが、紅と混ぜて紫を出すための絵の具として江戸時代の末まで使用されます。
(紫は明治時代になると「紫粉」や「スカーレット」+「ベロ藍」が使われるようになります。紫粉やスカーレットについては、今の自分には研究対象外で不詳なので、また機会があれば紹介します。)

浮世絵における青花紙の需要は江戸時代で終わり、また恐らく需要の柱であった、友禅染めなどの染織の分野においても、「着物離れ」や合成青花の開発により需要は減少し、(ほか明治期の文献によると食品の着色料としても使用されていました)、明治時代前半には350軒はあったとされる青花紙の生産農家は、2020年において国内で滋賀県草津市に1軒のみとなっています。その青花紙は一部の染織家の需要であり、浮世絵の再現を行う自分の必要に応えてくれています。
(なお、近年青花に含まれる成分が注目され、健康食品としての需要が高まったことで、青花紙の生産は存続の危機にある一方で、植物としての青花の栽培は拡大傾向にあります。但し健康に有効な成分を含むのは茎と葉であり、花ができる前に刈り取り作業は行われます。)

浮世絵の復刻の既存のやり方・様相において、青花紙が経年変化を経た色である、灰色や黄褐色で摺られた復刻作品が、江戸時代の摺り上がった当初の浮世絵の再現だと謳われているのをたまに見かけます。青花紙という絵の具に対する知識や認識が、伝統木版画の世界で認知されていないことを時折残念に思います。

青花紙の製法についてはこちらの記事を参照下さい。

https://note.com/ukiyoe_shimoi/n/neeba94bd1618

参考文献
竹内久兵衛「実業応用絵具染料考」(1887)

小泉栄次郎編「実用色素新説:一名・絵具染料案内」(1894)

石井研堂「錦絵の彫と摺」(1929)

松井英男・南由紀子編「浮世絵の名品に見る「青」の変遷」(2012)

目黒区美術館「色の博物誌」(2016)

東京文化財研究所「青花紙製作技術に関する共同調査報告書」(2018)

Special Thanks:菅原広司・末光陽介







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?