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浮世絵の絵の具ー本藍ー

追記

藍の色素を含んだ蓼藍の葉を使い染める技術が、日本へ渡来したのは5世紀の頃といわれています。「生葉染」、「沈殿法による発酵建て」、「蒅法による発酵建て」、「割建法による発酵建て」、「化学建て」など、天然藍を用いた染色法は時代ごとの変遷が見られますが、少なくとも平安時代には「沈殿法による発酵建」による染色法がある程度一般的に行われ、この頃には染色液の上面に発生する泡を集めて乾燥させ、藍の色材を作るということも行われていたといわれています。この「藍の色材」の名称に関して、文献上には「青代」「藍花」「靛花」「干澱」などが見られますが、1800年以降の江戸では「藍蝋(玉藍蝋・練藍蝋)」という名称が一般的だったと見受けられます。また少なくとも幕末頃には、中国からの輸入品と推定される「棒唐蝋」という、棒状の藍絵の具が市場に存在していたことが確認されています。
浮世絵における導入において、藍の絵の具は「紅摺絵」から一般的に用いられるようになります。但しその使用は青単体としてよりも、黄色色材と混ぜた緑色としてより多く使用されます。
(紅摺絵とは寛保期(1741-44)頃に誕生する、主版の黒に紅、緑等が摺られた3色程の多色摺浮世絵版画のことです。)

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(作品例:紅摺絵:出典)
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/60028204 


紅摺絵の後に誕生する「錦絵」においては、青単体の絵の具としては青花紙が主に用いられ、本藍は緑を出すための絵の具として主に用いられます。青花紙は退色しやすく経年により灰色、黄褐色ないし無色化する一方、本藍は経年変化に強い絵の具です。

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(作品例:水面と空のぼかし(及び着物の紫など)には青花紙が、緑の箇所には本藍が使われていると考えられます。:出典)
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/60028163

その後1794年において、浮世絵にはそれまで見られなかった鮮明な本藍の絵の具が導入されます。「浮世絵に名品に見る「青」の変遷」(2012)によると、この本藍は科学的分析によらなければ、ベロ藍との判別は肉眼的には不可であり、1794年5月に刊行された写楽の大首絵28点のうち、4点の月代部分で確認されています。

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(作品例:出典)https://www.artic.edu/artworks/86915/the-actor-otani-tokuji-i-as-manservant-sodesuke

その他の月代部分は退色の早い青花紙の青が使われているため、下記のように現代では黄褐色などに変わっています。一般に復刻版の浮世絵では、月代は全く別の絵の具で様々な色(青花紙の退色後ないし退色途中に合わせたような色)で摺られていますが、本来の月代の色とは青花紙ないし美麗な本藍(天保以後はベロ藍)による「澄んだ青色」であると考えられます。

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(作品例:青花紙の退色例:出典)
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/60001435

しかし上の写楽の作品に見られたような本藍の単体使用は、その時代において例外的なものであり、青単体としての本藍の使用は、それ以降も少ない傾向が続きます。やがて文化10(1813)年頃になると徐々にその使用が見られ始め、文化期(1804~17)の末期から次の文政期(1818~29)に入る頃には本藍の使用は多く見られるようになります。文政期半ばには本藍の使用は一般化し、青花紙から本藍へと(過渡期を経て)、「青絵の具の主役」の移行は完了します。

この背景には本藍絵の具の新たな製法(藍染布から色素を抽出する製法)の発展・普及があると考えられます。

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(使用例:真ん中の山の箇所は徳島産蒅の発酵建てによる藍染糸から、自身で石灰と水飴で抽出して作った本藍の絵の具を使っています)

やがて「青絵の具の主役」は本藍からベロ藍へと移行しますが、それはまた次回説明します。

文献資料の収集を進める中で、前述のベロ藍とは肉眼判別不可とされる本藍については、製法工程ないしは使用における際の、「アク抜き」の精度によるものという考えに現在は至っており、これは今後実証出来ればと思っています。

前回記事https://note.com/ukiyoe_shimoi/n/n0e62a718848d

参考資料
青木良吉「浸染法」(1924)
後藤捷一・山川隆平編「染料植物譜」(1937)
川人美洋子「阿波藍」(2010)
武雄市歴史資料館企画展「青へのあこがれ」(2012)http://www.city.takeo.lg.jp/rekisi/kikaku/2012/ao/ao.html
吉岡幸雄「日本の色を染める」(2012)
松井英男・南由紀子編「浮世絵の名品に見る「青」の変遷」(2012)
目黒区美術館「色の博物誌」(2016)


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