ありがとうとう
朝、いつもの交差点。いつもの横断歩道。
青信号が点滅し始めたので、僕は渡るのをあきらめた。
すると、ちょうど正面から、白杖の女性と、彼女に連れ添う男性とが、少し駆け足気味に横断歩道を渡ってきた。
横断歩道を渡り終えると、「この方向にまっすぐ行ったところですよ。」と男性が女性に優しく説明をした。
「ありがとうございます。」と、女性が応えた。
てっきり夫婦だと思っていた。他人同士だったんだ。なんともやわらかい雰囲気に包まれていたから、全くの勘違いをした。単に、道を教えていただけだった。
ゆっくりと進んでいく白杖の女性を、僕は、しばらく追った。
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通勤電車。
車内に入ると、ドアの横の席が空いていたので腰掛けた。ロングシートの一番はじの席。僕は、背もたれに体をゆだね、目を閉じた。
しばらくして目を開けると、向かいの席には、会社員とおぼしき女性が座っていた。
彼女は、大きなカバンを前に抱え、両手でスマホをいじっていた。座席横の手すりには、日傘が引っ掛けてあった。
駅に着くと、彼女はカバンを肩にかけ、スマホを見ながら席を立った。
僕は、手すりに引っ掛けてある日傘はたぶん彼女のもので、彼女はそれを忘れていく、と思った。
案の定、その通りになりそうだった。
僕の横の扉が開き、彼女が僕の真横を通る直前だった。
「あの傘、違いますか?」
と、思ったより大きな声が出たので自分で驚いた。
まわり乗客が一斉に僕の方を向いた。
彼女はハッとして、「ありがとうございます。」と、日傘を取りに戻り、軽く会釈をしてから出て行った。
なぜか、体が熱くなり、汗が出た。
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帰りの電車。
途中駅で、おばちゃん3人組が乗ってきた。
僕は、座りながらまどろんでいて、目は開いていたが、お地蔵様のように「無」になっていた。ただ、すぐに、こちらに迫ってくるおばちゃんたちの無言の「圧」を感じて我に返った。空気を読む必要があった。
なぜなら、僕の右には空席1つ、左に空席2つ。
つまり、僕が右に席を1つずらせば、おばちゃん3人は座れる状況だったからだ。
おばちゃんたちの期待に応えるため、僕は黙って席を移った。
「あらー、ありがとねー。」
おばちゃんたちは僕の横にドカンと座り、今度は、フィジカルな「圧」を感じた。
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真っ直ぐ帰らずに、本屋に寄った。
今日は、読みたい本が決まっていたので迷わない。本はすぐに見つかり、僕は、颯爽とレジに向かった。
「お願いします。」
視線は下に向けたまま、2冊の本をレジカウンターに差し出した。
「どちらになさいますか?4つの中からお選びください。」
突如、本屋のお姉さんから、4択を迫られたので、僕は、ビックリして顔を上げた。
「今、しおりを差し上げているんです。」
と説明を受けた。
キュンタくんのうちわのしおり・・・。
(やばい・・。かわいい・・。選べない・・。)
内心はそう思ったが、自意識過剰の僕は、かわいくて選べない気持ちをお姉さんに悟られまいと、あいかわらず平静を装って、間髪入れずに、そして、若干低い声で言った。
「じゃあ、これで、お願いします。」
後悔するかもしれなかったが、こういうときは直感だ。エイヤッと、僕は1つのキュンタを指差した。
「こちらですね。では、本と一緒にしておきます。」
ただ、僕は、それ以上に感動した。
この本屋のお姉さんは、普段から、本が大好きで、本を大事に扱っている方なのだろう。
僕の選んだ2冊の本を、それはみごとに美しい所作で、丁寧に丁寧に、大切に大切に扱ってくれた。
会計が終わると、あたかも魂が込められたような2冊の本を、お姉様は、両手で真っ直ぐ差し出してきたので、まるで卒業証書を受け取るかのように、僕も両手を差し出して、思わず「ありがとうございます。」と言いながら、お姉様に深く深く頭を下げた。
選んだキュンタに後悔はなかった。
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今日も1日ありがとうございます。
また、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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