慧眼の士

小学4年生のとき、絵を描く宿題が出た。

テーマは「この街の未来」。

当時、僕が住んでいた街は、ニュータウンと呼ばれるようなところで、最寄り駅からバスで20分くらいかかる郊外にあった。1km四方の区画に、集合住宅が計画的に建ち並ぶ、マンモス団地だった。

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小学生の僕は考えた。

この街の未来はどうなっているのだろう。

頭に真っ先に浮かんだのは、ドラえもんとのび太がタイムマシンで行く22世紀の世界。

僕は、そこから想像を膨らませ、未来の超高層ビル、空飛ぶクルマ、透明チューブの動く歩道、幾何的形状の建物などを様々に描くことに決めた。

画用紙に下書きをして、丁寧に色を塗った。未来の街を組み立てていく作業は、すごく楽しかった。

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宿題提出の日、クラスで品評会がはじまった。

みんな思い思いにこの街の未来を描いている。近未来のマンモス団地が揃う。

僕の絵もみんなに褒めてもらえた。絵の緻密さとわかりやすい未来の風景がみんなの共感を得られたようだ。

1番人気は、ユウカちゃんの絵だった。

団地の空に力強い大きな虹がかかっていて、明るい未来を想像させる元気で綺麗な絵だっだ。

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みんなが高層ビルや空飛ぶクルマを描く中、コウヘイだけは、全く違う絵を描いた。

コウヘイは、いつもニコニコしていて、やさしい奴で、いつも休み時間に絵を描いていて、絵が上手かった。

コウヘイの絵を見て、先生が「うーむ」と唸っているのを僕は見逃さなかった。

コウヘイは絵がうまいから、きっと、すごい未来の街を描いてきたに違いない。

そう思って、僕もその絵を見た。そして驚いた。

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そこには、「森」が描かれていた。

クラスの誰もが想像すらしなかった未来だった。高層ビルも、空飛ぶクルマも描かれていなかった。

でも、よく見ると、森の木々は、1本1本が生き生きと繊細に描かれていて、自然と調和した建物もある。まるで、巨大な公園のようだった。そこには、人々のにぎわいや、小鳥たちが描かれていて、人間も動物も皆が笑顔だった。

何かを語りかけてくるような素晴らしい絵だったことを今でも鮮明に覚えている。

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でも、小学4年生の僕には、絵が訴える何かの迫力を感じても、そのメッセージを咀嚼できるほどの感性が備わっていなかった。

実際、先生は絶賛していたが、コウヘイの描いた未来に共感していたクラスメートはいなかったように思う。

ようやく、今になって、あの絵の凄さがわかる。

コウヘイがあのとき伝えたかったメッセージは、「自然」と「笑顔」だったんだろう。

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あれから、数十年が経った。

僕の住んでいたあの街は、少子化・高齢化が進み、小学校は統廃合され、母校はもう存在しない。

僕は遠くに引っ越し、住んでいるクラスメートもほとんどいないだろう。

地域は、厳しい課題を抱えているが、豊かな自然環境を取り戻そうと、近くの川には親水空間が整備され、公園にはビオトープがつくられた。空き家はリノベーションされ、街を盛り上げようと活動している人がいる。

コウヘイの「自然」と「笑顔」というメッセージは現実のものとなりつつある。




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